須磨退居の決意

本文 

  世の中いと煩はしく、はしたなきことのみ増されば、

 「せめて知らず顔にありへても、これより増さること

 もや」とおぼしなりぬ。

  かの須磨は、「昔こそ人の住みかなどもありけれ、

 今は、里離れ心すごくて、海人の家だにまれに」など

 聞き給へど、人繁くひたたけたらむ住まひは、いと本

 意なかるべし。

 さりとて都を遠ざからむも、古里おぼつかなかるべき

 を、人悪くぞおぼし乱るる。 

 よろづのこと、来し方行く末思ひ続け給ふに、悲しき

 こといとさまざまなり。

現代語訳

  源氏の周辺で、ごたごたが多くなり、困ったことば

 かり増えるので、「しらを切って都にがんばっていて

 もますますひどくなるかもしれない」と考えるように

 なった。

  あの須磨という所は、「昔はちゃんとした人家もあ

 ったが、今は人里から離れてもの寂しく、漁師の家さ

 えほとんどない」という話である。人が多くてざわつ

   いた住まいは、退居の意図に反する。

 かと言って都を離れるのも、京に残す女君たちのこと

 が気がかりになるだろうと、自分でもみっともないほ

 ど思い悩んだ。

 いろんなことを、過去や将来にわたって思い続けると、

 悲しいことがさまざまに浮かんでくる。

 

     

 

★運命には逆らえない。今は静かに須磨に退いてチャンスを

 待とう、と源氏は覚悟を決めた。

 ここから「源治物語」の舞台は 京から地方へと移ること

 になる。

 

       角川ソフィア文庫ビギナーズクラシックス

               日本の古典源氏物語より