145段 うつくしきもの ①

本文

 瓜に描きたる児の顔。

 雀の子の、鼠鳴きするに、躍り来る。

 二つ三つばかりなる児の、急ぎて這ひ来る道に、いと小さき

  塵のありけるを目ざとに見つけて、いとをかしげなる指に

  とらへて、大人などに見せたる、いとうつくし。

 頭は尼そぎなる児の、目に髪の覆へるを、かきはやらで、う

  ち傾きて、物など見たるも、うつくし。

 大きにはあらぬ殿上童の、装束きたてられて歩くもうつくし。

 をかしげなる児の、あからさまに抱きて遊ばしうつくしむほ

  どに、かいつきて寝たる、いとらうたし。

現代語訳

かわいらしいもの

 ウリに描いた子供の顔。

 スズメの子がチュツチュツというと跳ねて来る。

 二つか三つの幼児が、急いで這って来る途中に、ほんの小さ

  なごみがあったのをめざとく見つけて、ふっくらと小さな

  指でつまんで、大人などに見せているしぐさ。

 おかっぱ頭の子供が、目に前髪がかかるのをかき上げないで、

  ちょっと頭をかしげてものを見たりしているしぐさ。

 それほど大きくはない公卿の子息が、美しい衣装を着せられ

  て歩く姿。

 きれいな赤ん坊が、ちょっと抱いてあやしてかわいがってい

  るうちに、抱きついて寝てしまったようす。

本文

 雛の調度。

 蓮の浮き葉のいと小さきを、池より取り上げたる。

 葵のいと小さき。

 なにもなにも、小さきものは、皆うつくし。

現代語訳

 人形遊びの道具

 ハスの浮き葉のとても小さなのを、池の中から取り上げたの。

 アオイのたいそう小さいの。

 なにもかも、小さなものはみな、かわいらしい。

 

         角川ソフィア文庫 ビギナーズクラシックス

                  日本の古典 枕草子より