"車争い"の場面

 本文 日たけ行きて、儀式もわざとならぬさまにて、

出で給へり。隙もなう立ち渡りたるに、よそほしう引き

続きて立ちわづらふ。

よき女房車多くて、ざふざふの人なき隙を思ひ定めて、

皆さし退けさする中に、網代の少し馴れたるが、下簾の

さまなどよしばめるに、いたう引き入りてほのかなる袖

口、裳の裾、汗衫など、物の色いと清らにて、ことさら

にやつれたる気配しるく見ゆる車二つあり。

現代語訳 日が高くなってから、葵の上一行は、控えめ

な装いで行列見物に出かけた。一条大路は、見物の車が

びっしりと並び、一行は高級車を何台も連ねていたので、

駐車の場所が見つからず立ち往生した。

そこで、その辺りは上流階級の女車が多かったが、従者

のたまり場になっていない空き地を見つけて、左大臣家

の威光に物言わせ、女車をそこへ立ち退かせた。

それらの女車のなかに、中古がかった網代車だが、趣味

のよい下簾から、上品で美しい色合いの着物の端をほん

の少しのぞかせて、いかにもお忍びといった感じの車が

二台あった。

 

本文 「これは、さらにさやうにさし退けなどすべき御

車にもあらず」と口強くて手触れさせず。

いづかたにも若き者ども、酔ひ過ぎ立ち騒ぎたるほどの

ことはえしたためあへず。大人大人しき御前の人々は、

「かくな」など言へど、えとどめあへず。

現代語訳 その車の従者は「こちらは立ち退かせるよう

な身分の方の車ではない」と言い張り、手も触れさせな

い。

どちらの側にしても、若い連中が酔ったあげくの事だか

ら、止めようがない。年長の従者が「そんなことはやめ

ろ」と、止めに入っても収まらない。

 

      角川ソフィア文庫ビギナーズクラシックス

              日本の古典源氏物語より