源氏物語 第7帖 紅葉賀 ②

 

本文 つとめて中将の君,「いかに御覧じけむ。世に知らぬ乱り心地

ながらこそ。 もの思ふに 立ち舞ふべくも あらぬ身の

              袖うち振りし 心知りきや あなかしこ」

とある御返り、目もあやなりし御さま容貌に、見給ひ忍ばれずやあ

りけむ。「唐人の 袖振ることは 遠けれど

                立ちゐにつけて あはれとは見き 大方には」

とあるを、限りなうめづらしう、

「かやうの方さへたどたどしからず、ひとの朝廷まで思ほしやれる、

御后言葉の、かねても」と、ほほゑまれて、持経のやうに引き広げ

見ゐ給へり。

現代語訳  翌朝 源氏から藤壺のもとに「どうご覧になりましたか。

あなたへの苦しい思いに耐えながら舞いましたが。

    心が乱れて 舞いなど できそうもないのに、

       苦しみをこらえて袖を振って 舞った気持ちがわか

       ってもらえたでしょうか。 恐れ多いことですが

と、手紙が届いた。源氏の舞姿が目もくらむほど美しかった上に、

手紙までもらってはとても放っておけなかったのだろう。藤壺から、

  「あの舞は異国のものですから、袖を振って舞うのはどんな意

                味があるのか知りません。でも、

        あなたの舞の一挙一動に しみじみと意味を感じとり

        ました。 他の方々と違ってという返事があった。

  源氏にとっては、藤壺の返事は最高にすばらしく、

「舞楽についてもくわしい上に、異国の故事まで思いやるとは、も

う今からお后言葉の風格が出ている」と、顔をほころばせて、まる

で肌身離さぬお経のように ていねいに両手に広げて眺めるのだった。

 

        

 

       出典 角川ソフィア文庫 ビギナーズクラシックス 

                  日本の古典 源氏物語より