源氏物語第7帖紅葉の賀(もみじのが)より

あらすじ

 宮中では、懐妊中で祝賀会に出席できない藤壺の女御のために、

雅楽のリハーサルが行われた。

源氏は頭の中将を相手に舞を演じ、輝くばかりの舞姿は満座の人々

を魅了した。

桐壺帝も感動の涙を落としたが、源氏の子を宿す藤壺の心は憂いに

沈むばかりである。

 

本文

 藤壺は、「おほけなき心のなからましかば、ましてめでたく見え

まし」とおぼすに、夢の心地なむし給ひける。

宮は、やがて御宿直なりけり。

「今日の試楽は、青海波にことみな尽きぬな。いかが見給ひつる」

と聞こえ給へば、

あいなう、御答えへきこえにくくて、

「ことに侍りつ」とばかり聞こえ給ふ。

「片手も怪しうはあらずこそ見えつれ。舞のさま手使ひなむ、家の

子は異なる。この世に名を得たる舞の男どもも、げにいと賢けれど、

ここしうなまめいたる筋を、えなむ見せぬ。

試みの日かく尽くしつれば、紅葉の蔭やさうざうしくと思へど、見

せ奉らむの心にて、用意せさせつる」など聞こえ給ふ。

 

 

現代語訳

 源氏の美しい舞姿を見た藤壺は、「源氏が私に身のほどをわき

まえない恋心を抱かなかったら、何倍もすばらしく見えただろう

に」と、あの密会を夢心地に思い出していた。

 その夜、藤壺は帝の寝所に泊まった。

帝に「今日の予行では源氏の青海波の舞が最高だったね。どう思

う」と尋ねられて、

藤壺は返事に詰まり、

「格別でしたわ」とだけ答えた。

「相方(頭の中将)もなかなかだった。舞いぶり、手の運びが家

柄の子は違うね。名の通った専門家も確かに技巧的にはうまいが、

おっとりした品のよさには欠けるからね。

予行の日にこうも見せ場を出し尽くしたら、本番の日は寂しくな

るだろうが、今日はぜひあなたに見せたくてね、準備させたのだ

よ」と、やさしい言葉をかける。

 

  出典 角川ソフィア文庫

     ビギナーズクラシックス 日本の古典 源氏物語より