【千曲川旅情の歌 一】

 

小諸なる 古城のほとり     こもろなる こじょうのほとり

雲白く 遊子悲しむ       くもしろく ゆうしかなしむ

緑なす 繫縷は萌えず      みどりなす はこべはもえず

若草も  藉くによしなし      わかくさも しくによしなし

しろがねの 衾の岡辺      しろがねの ふすまのおかべ

日に溶けて 淡雪流る      ひにとけて あわゆきながる

 

あたたかき 光はあれど     あたたかき ひかりはあれど

野に満つる 香も知らず     のにみつる かおりもしらず

浅くのみ 春は霞みて      あさくのみ はるはかすみて

麦の色 わづかに青し      むぎのいろ わずかにあおし

旅人の 群はいくつか      たびびとの むれはいくつか

畠中の 道を急ぎぬ       はたなかの みちをいそぎぬ

 

暮れ行けば 浅間も見えず    くれゆけば あさまもみえず

歌哀し 佐久の草笛       うたかなし さくのくさぶえ

千曲川 いざよふ波の      ちくまがわ いざようなみの

岸近き 宿にのぼりつ      きしちかき やどにのぼりつ

濁り酒 濁れる飲みて      にごりざけ にごれるのみて

草枕 しばし慰む        くさまくら しばしなぐさむ

 

           島崎藤村 第4詩集 落梅集より