最近、たまらなく苦しいのです。
伝わらない、変わらないことから、心に重いものが積み上げられていきます。
それは、母から発信されます。
母は、私の娘のことを「父親がいなくてかわいそう」という目で見ます。
母は、「あの男なら離婚すべきだった」とは思っています。それとは別で、父親がいなくてかわいそうと思っているのです。
母は、娘のことを常に哀れみの目で見つめ、娘を必要以上に甘やかします。
娘が何か少しひっかかったり、少しでも悪いところが出るとすぐに「父親がいないことがストレスになってこうなった」と私を責めます。
そこからエスカレートして、「父親がいないストレスが積み重なって、将来、非行の道に走ったり精神的な病気になる」と決めつけ、感情を爆発させます。
私が娘のことで何か決めなければいけなくて判断しようとしていたり、普通に娘と過ごしたりしていると
「普通の子じゃないんだから!」と言います。
娘が機嫌悪くなった時、泣いた時は、私を押しのけて大袈裟になり、私を責めます。
「あぁ!父親がいないストレスが積もってしまった!かわいそう!」というように。
母はこれに関して、異常なのです。
母は、私のことを、育て方を失敗したと思っています。私が、大人になった時に、精神的な病気になったことがあるからです。
娘は私にそっくりです。 なので母は、特別なこだわりと執着を生みだしてしまい、止まらなくなっています。
だけど、もうやめてほしい。
私たちはかわいそうじゃない。
娘だって、かわいそうじゃない。
何もかも満たされている人はいない。
その形は違えど、それぞれ何かは抱えている。
形は違えど、幸も不幸も抱えている。
娘には父親がいない。
父親がいる人に比べて、父親から得るある一種の喜びが、娘の場合は得られないだろう。
だけどその分、その子が得ていないある喜びを、私が娘に与えているかもしれない。
父親がいないから、幸せが少ないとは言い切れないじゃないか。
娘は確かに、他の子が父親といる姿を見て、悲しい思いをするだろう。
だけどそんな時に、周りの大人がそれを同情の眼差しで見ていては、それを増幅させるのではないか。
「いいじゃん、幸せじゃん私たち♪」って明るい顔していたら、娘だって、なんとなく幸せな気持ちになるんじゃないか。 少なくとも、哀れみの目で見られるよりずっと心は楽なはずだ。
出来ることなら、大人が幸せな顔して、引っ張っていってあげるくらいになりたい。
娘は、PTSDもあると言われているし、気をつけてあげないといけないところはあると思う。
だけど、かわいそうだからと思いながら神経質に接するのは、他の与えるべきでないものを多く与えているように思う。
むしろ、無神経なくらいに笑っていてあげるのが、一番健康的で軽く明るく進めるんじゃないか。
そう簡単ではないが。 それを目指したいのだ。
だけど、なかなかそうはいかない。
母は、自己主張が強い。もともと、私は大人しくて意見を言うのが苦手なタイプで、母はその反対のタイプだ。
母は、聞く耳を持てない状態になってしまっている。
母をこうさせてしまっているのは、私がこんなにも心配をかけているからだ。
母は、私たちを思うあまりに苦しんでいるのだ。
母を心から安心させてあげられて、喜ばせてあげられるような・・・そんな日が来るように、毎日を頑張りたい。