別に怒ってるわけじゃない

別に怒りたいとかでもない


なのに
いつも抑えようとする私がチラッと見えたりする

怒る前に先にダーリンとか怒るから
怒れない(笑)

怒り方知らない

でもダーリン見ていたらこんなに怒っていいんだ
ってわかってきた

怒っている時の言葉は
だいたい適当だと知った

全部真に受けて

シネと言われたら
死んだ方がいいんだと思ったり

出て行けと言われたら
出て行くのが良いと思っていた

お前のせいだ!と言われたら
私のせいだと思っていた
全部違った

ただのエネルギーの発散だったんだ

しかも
私のせいじゃなくて
言ってる本人の問題だとわかって

しかも
自分が言われたことで嫌な事は
相手は大した事ない
意味もなく適当に言っていることもわかった


なんだ

私の世界が
ひっくり返る

思っていた感じじゃないひっくり返りかた


もっと
キラキラした感じにひっくり返るんだと思っていた


なんて言うか

寝転がっていて
うつ伏せでいたのが
仰向けになったみたいに

あれ?
うつ伏せ息もしにくかったし
痛かったけど
これが定位置だと思っていたけど

仰向けめっちゃ楽やん!

みたいな
私の中の
ひっくり返るって
知らないうちに

めっちゃ楽に
仰向けにゴロンとしていた


これは
ダーリンと友達のおかげだ

真逆の感覚を持つ彼女の説明で
こんなにも世界が違うのか?!って
伝わらない怒りとか
私に対する失礼だなと思う態度とか

でも全部私がそう見ていたからなんだ
とわかって
さらにダーリンのことも

もっと楽に接することができるようになったし

無理に受け入れないといけないとかも
なくなって

彼女に対するムカつき具合とかも
なんで私のせいになったり
なんで私が我慢したり
遠慮したりせなあかんねん!って思っていた気持ちにも許可して
いつでも来たら
喧嘩でもなんでもできる私を許した


ダーリンは変わらない

私のことをとても愛してくれている
それは
ダーリンの愛し方でしかない


私は私に寄り添って
私が愛されたい愛し方を
私にするだけなんだと思ったら

ダーリンとか他人に対して
重かったのが
めっちゃ軽くなった


どーでもいい

本質の部分を見るようになった

こうして欲しいとかは
ダーリンに向けてじゃない
自分に向けてなんだとわかって
ホッとした

私もっともっと愛されたいのは
私にだった

どんな私も
怒りを出す私も
抑えようとする私も
泣いて弱ぶる私も
強がる私も
動けない私も
興味のまま動く私も
キレキレの私も
ボケボケの私も
ブスな私も
可愛い私も

全部
全部愛したい私がいる



それがわかったのは

怒りがきっかけで

目の前に怒ってばかりの人がいることで
嫌でも怒るって
見ないといけなくなって

ハッピーちゃんの
怒りのワークを見て
涙が止まらなくて

人があんなに
罵倒して
ぶつける姿を見て

愛しいと
泣ける私が居たんだ


もっと怒っていい

もっとぶつけていい

醜態だと思っていたのは
私でもあり
そこに魅力を感じたのも
私であるのだから


これからも私は
怒りを抑えるだろう

だけど

怒ってもいい

そう思えるから

これまでの世界とは違う

まったくひっくり返ったように違うのは

やっぱり選べるってわかったからかもしれないな