こんにちは。


それでは、第36回【禅をきく会】




大本山總持寺 副貫首
岩手県 正法寺 住職

盛田正孝老師の講演
【あなたは仏教徒ですか?】


をお伝え致します。














私ははじめ
古河公方 (こがくぼう)
足利成氏(あしかがしげうじ)が
作った寺、満福寺にご縁を頂いた。




日本人は仏教徒になった日がないのに、
儀式をしていないのに仏教徒。
キリスト教、イスラム教ではあり得ない。


昔の檀家制度、
今の檀信徒である。


キリスト教、イスラム教は
家の宗教どころではない。
国の宗教。


仏教はそれに比べて弱い。


アインシュタインは
21世紀の宗教として
仏教を考えた。


迷信という問題があって
一度ついたらなかなか取れない。


日本人は言葉、語呂合わせに
拘泥(こうでい)する。


四、九など

六曜、大安、赤口、先勝など



お釈迦様は囚われてはいけないと
言っている。



お餅を29日に飾るのは
良くないとか(苦の日)言うが

福とも読める。



囚われている物事の多さが
仏教のイメージ。







仏・法・僧が揃ってこそお寺。



仏は博物館にもある。


法は、

禅は修行を通して
人から人に伝えるので違うが、
大体は図書館にもある。



僧はお釈迦様の教えを伝える。




寺を寺たらしめているのは
僧である。





私は檀家になった人に
「今日からあなたは仏教徒です」と
伝えてきた。


仏の十戒、輪袈裟、お経本、数珠を
渡している。


しかし
世代が替わると忘れられてしまう。







信仰に関して

家の宗教か、個人か?
という問題がある。



家族によって
価値観が異なるという問題。








寺の子に生まれるということ。

自分の内側から悩み、疑問があって
それを解決するために
お坊さんになったわけではない。


生まれた家、嫁いだ家。

それが縁。




在家から出家した人は
大なり小なり発心(ほっしん)、
強さがある。


少々の紆余曲折があっても
耐える事ができる。



お寺の子には理由がない。(弱さ)

僧侶の使命。
使命感が自分を支える。





生まれてから
自分の意味、使命感を考える。




いただいた命を何のために
誰のためにどのように
使っていくか。






坊主に対する中傷(坊主丸儲け)が
自分を奮い立たせる力になった。



発奮する。




嫌な出来事を通して
仏様が力を下さった。



どんな嫌なことがあっても
教えに真剣に向き合った。



人に言われた意見なら駄目だった。
借物。



自分で答えを出せた事が良かった。