自身を全て失っても 誰かがお前を待ってる oh yeah

お前の力必要さ 俺を俺を力づけろよ

 

ファーストアルバム「ELEPHANT KASHIMASHI」の1曲目。

シングルカットこそされなかったが、

エレカシの歴史はある意味この曲から始まり、この曲とともにある。

 

 

このデビューアルバムは、今聞いても本当に素晴らしい。

オールタイムベストにも選曲されている「デーデ」「花男」の他にも、

先日のライブでも演奏された「星の砂」や

私の大好きな「てって」「やさしさ」「ゴクロウサン」など

エレカシ節と呼びたいような佳品が揃っている。

 

こんな粒揃いの名盤も、売上順位を見ると圏外。

ロッキング・オンなどの音楽誌や、一部のロックファン以外へは

支持は広がらなかった。

そして、他人事のように書いている私も、

当時はエレカシのエの字も知らなかった。

 

理由は色々あるのだろうけれど、

「客を怒鳴りつけた」とか「観客は直立不動で聞いていた」など、

もはや伝説化している当時の宮本さんのパフォーマンススタイルは、

メジャーを拒否していると思われても仕方ないな、と今見ても思う。

 

ふつうの大人たちには、受け入れにくい存在だったのではないか。

レコード会社やマスコミなど、当時の彼らの周囲にいた人たちも、

多くは普通の大人だし、そういう人たちから当時のエレカシは、

何となく敬遠されたのではないかと、想像します。

 

それが彼らをメジャー化から遠ざけた。

圧倒的な才能があったにも関わらず。

 

彼らにとって、とくに宮本さんにとっては悔しく辛いことだったに違いない。

だが逆に、もし最初から一気にメジャーの階段を駆け上っていたら、

彼らは今頃、どんな形で、存在したのだろうか。

 

少なくともこの30年間エレカシが歌い続けてきた数多くの名曲は、

全く違うものになっていたはずだ。

哀しみや苦しみや、それでも闘い、もがき続ける中で生まれた曲たちが、

存在の意義を失う。

そんな世界は嫌だ。

 

 

☆彡

話を「ファイティングマン」に戻します。

 

30thオールタイムベストのアルバムタイトルになっている曲であり、

ライブでは必ずと言っていいほど演奏してきた曲だと、

宮本さん自身が歌詞カードにも書いている。

 

男の強い部分と弱い部分を、

短い言葉にギュッと詰め込んだような歌詞が、心に突き刺さる。

 

正義を気取るヒーローは、理不尽な目にあっても、

鼻で笑ってやり過ごし、いつか見てろ、誰かが待ってると

自らを奮い立たせ、自分を力づけろと泣き言も言いながら、

自分を信じて戦い続けてきた。

30年間も。

 

なんだ、全くぶれていないじゃないか。

18歳の時に宮本浩次が立てたこの志のお陰で、

私たちは今、エレカシの数多くの名曲と出会うことができている。

 

冒頭の動画のちょっと小憎らしいような宮本青年には、

大歓声のなか待つ我々の姿が見えていたのかもしれない。

そう思うと、ちょっと見る目が変わる。

 

最後に、大人になった宮本さんの「ファイティングマン」。

 

2010年の夏、丸の内コットンクラブでのファンクラブ限定120名ライブ。

もうこんな贅沢な空間でのライブはないんだろうな。

 

Discography ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

1988/3/21 1stアルバム(「ファイティングマン」収録)

 

2017/3/21 30th オールタイムベストアルバム