私は20代の頃、鍵のついた精神閉鎖病棟に入退院を繰り返していた。きっかけはネイルサロンで働きすぎたこと。そして、摂食障害による栄養失調だ。
こんなに働いてもまだ大丈夫、ダイエットもまだまだ頑張れる、頑張らなきゃ。そう思って休む暇もない程に仕事ばかりしていた。というよりも、休む事が苦手だった。
ネイリストを頑張っている自分が好きだった。頑張っていない自分は嫌いだった。痩せている自分が好きだった。痩せていない自分は、大嫌いだった。そうやって、頑張っている自分だけが自分なのだと勘違いしていった。



1月のとても寒いある日の仕事の帰り道。私は突然に家に帰れなくなった。頭の中が混乱して、ゲームの中の世界と現実とが分からなくなっていた。
「思い出した、私は敵を倒しに行かなくては」
そう思い、私は町にアイテムを探しにいく。携帯電話のメールは全てが暗号に見える。知らない人の家の倉庫で、私は武器を探している。
「私は選ばれた戦士だ」
目の前のノコギリに目が入る。ノコギリを片手に持ち、私はまた歩き出す。このスイッチを押せば、ゲームがはじまる。
「ピーンポーン」
私は知らない人の家のインターフォンを鳴らしている。出て来た女の人は、私の虚な目と片手に持ったノコギリを目にしてすぐに扉を閉めようとした。扉のドアにノコギリを挟み込み、ドアチェーンを切ろうとする。女の人の悲鳴が聞こえる。

ゲームが始まるはずだったのに、気がついたら私は知らない部屋で眠っていた。5畳程の部屋で何もなく、便器だけが部屋の隅に置かれている。毎日、食事と薬が運ばれてくる。私はあの時、人を殺したのかもしれない。だとしたら、ここは刑務所だろうか?薬の副作用で頭がボーっとする、よだれが止まらない。

自分が精神科に入院している事に気づいたのは、2週間程が経過してからだった。その頃には意識が自分の中に少し戻ってきていた。

ようやく隔離室から解放された。自由に出入りができる個室に移された。中央の共有スペースには長机と椅子が並べてある。ご飯も皆んなでここで食べるようだ。廊下の突き当たりには喫煙室もある。
とりあえずタバコを吸いたいと看護師に伝えると許可が出たので、喫煙室の扉を開けた。タバコの懐かしい臭いがする。ヤニだらけの歯を見せて60歳ぐらいのおじさんと20歳ぐらいの少年が2人ともこちらを見て笑っている。
「こんにちは、火はここで着けるねんで」
そう言って、少年が点火装置のスイッチを押してくれた。精神科はライターの持ち込みは禁止されているそうだ。久しぶりに吸ったタバコは美味しかったけど、少しクラクラした。