私が今、パートで働いている職場は
2024年スタートの公立公設の不登校支援校です。
私はメタバースというオンライン担当です。
公立公設なのに
勉強しなさい、も無いし
何をしても何をしなくてもいいし
ゲームもお菓子も持ってきていいし
私はマインクラフトというゲームを使って
主にオンラインで不登校の子どもたちと繋がっています。
不登校の理由はそれぞれですが
発達障害という要素は避けて通れません。
それぞれ
認知がズレています。
多くの人がなんとなく思う普通が
普通とは思えないのです。
何度伝えても分からなかったりできなかったり
相手の感情が読めなかったり
やりたくないことは徹底してやらなかったり
ものすごく苦手なことがあったり
知覚過敏だったり
落ち着きがなかったり
忘れ物が多かったり、、、。
集団生活困る要素が多いですよね。
そして私自身
発達障害だったと思います。
小学校2年生の頃まで
授業で座っていられなくて
教室から抜け出しちゃう子どもでした。
母は毎週のように
担当教師から呼びだされて怒られ
私は母から怒られていました。
発達障害は当時はなく
親の躾の問題とされていたからです。
私の生きづらさの原点でもあります。
こんな私が
発達障害の子どもを相手にする職場に行ったなら。
めちゃくちゃ共感はできます。
でもこういう要素を持っていない大人の人は
気持ちが分かりづらいんですよね。
どうやっても
問題行動にしか見えないんです。
「なんで出来ないんだろう?」
「どうしてそんな風になっちゃうんだろう?」
ついそう否定的に思いがちです。
私はそんな大人の一人なのですが
どうしてもその大人の中にいると
小さな子どものように自分がなってしまっていたんだなあと
最近気づきました。
子どもたちに否定的な目が当たると
自分がそのように思われてしまっているのではないかと
身が縮こまるわけです。
今の職場は
ものすごーく良い職場です!!!
スタートしたばかりで場当たり的で
うまくいかないことももちろん多々ありますが
みんなでなんとか乗り越えようとする気持ちで溢れています。
仕事をしてきて
こんなに人間関係の良い職場は初めてです。
こんなに理解がある職場なのに
やっぱり怖かったんです。
自分が発達障害だとわかって
否定的な目で見られるのが。
だから職場ですごく気を遣うわけです。
失敗しないように
間違えないように
忘れないように、、
有能と思われるように。
、、、、
いやいや
無理なんです。
ある特定の、
興味のある部分については
天才的なところがあると自負します。
でもそれ以外は
てんで出来ません!!
無能が多い
有能さなんです!
怖いから
その普通に出来ないところを
一生懸命隠していたら
そりゃあ疲れますし
せっかくの良い出会いも職場も
地獄ですよ!!
3月で年度の区切りとなり
男性の上司にめちゃくちゃ腹が立ち。
腹が立ったそもそもの根幹的な要因は
私で。
私の実父への押さえ込みへの反発で
投影だったんだと理解が出来ました。
そしたら
上司への怒りは消え
関係性も良くなりました。
お互いにあった変なわだかまりは
現実的に無くなりました。
同じ同僚に理解のなさを感じて
1年間奮闘してきました。
これも「見て見て!」という自分の承認欲求からきていると気づいて
自分が自分を認めるように意識を内側に向ける日々を続けました。
その結果
口論となったスタッフとは関係性が良くなりました。
自分を認めながら
愛を求めるのではなく世界に愛を与えようと決めたら
同じ部署に新しいスタッフさんがやってきました。
その人からは
賞賛と共感と希望をいっぱいもらいました。
もらった時
これはずっと自分が求めてきたことだと気がつきました。
ずっと母に求めてきたことでした。
母は子どもに無関心でした。
話をあまり聞いてくれませんでした。
ただ話を聞いて
私に関心を示して欲しかった。
その不十分さが
夫への理解を求めるコダワリとなったのが
30代の私でした。
今ではそんな過去があったのが懐かしいですが
当時は求めて求めて
もらえないから拒絶して離婚を考えて、、。
人生のドラマ全てが愛の枯渇と理解するまで
人は本当に放浪しますねww
職場の人からの関心が
母の無関心と結びついていたんだと心底理解して
自分が自分を満たしたから世界が変わった
(認めてくれる人が現れた)と理解したとき
本当に涙が出てきました。
「よく頑張ったね」
「諦めないでくれて本当にありがとう」
「よく現れてくれました」
「愛を味わわせてくれて本当にありがとう」
自分と出会った人全てへの感謝の涙でした。
そこで4月。
もう1つチャレンジしてみたのです。
その職場で
自分が発達障害であることを打ち明けることでした。
頭では「大丈夫だよ」って思いながらも
やっぱり怖いものがありました。
新古のスタッフさん2人に打ち明けたところ
「え!私もだよ」と言われたのには笑いました。
発達障害は
遺伝性があります。
発達障害のお子さんの親御さん自身も癖があり
コミュニケーションが難しいところがあると感じています。
我が家の次男は不登校でしたが
今大学2年生で東京で一人で暮らしています。
今のところ
大きなトラブルもなく通えているようです。
大学生になった頃
ネットで発達障害のサイトを見て
当てはまることが多くて
発達障害であることに気がついたそうです。
そんなことを聞いて
やはりどこか罪悪感を感じたものです。
それが今回ちょっと希望を持ちました。
同僚に打ち明けたところ
「私も発達障害だと思う!」と明らかにしてくれた後、
「いや自分の社会人の息子も発達障害でね。
教員やっているんだよ。
教員になってから
発達障害のことを知ってテストを受けてみたら
見事に引っかかったって言ってたよ。」
同僚のお子さんは
おそらく障害の程度も軽いのではないかと思います。
でも人と違うこと、普通がわからないこと
そんなことがあっても、それでもいいんだなという世界線が
自分の目の前の現実にやってきました。
それは自分が自分のままでいようと認め続けてきたからこそ
現れたものです。
私が私のままで生きていくこと
自分を愛して、世界から愛されるのではなく自分が世界を愛していくこと。
ずっと
生まれてきたくなかったと思って生きてきました。
だから生きる目標が
私で良かったんだ
生まれてきて良かったんだと実感することでした。
先日身体中に
「あなたを生きてくれてありがとう!」
と祝福の声が響き渡りました。
何もなくても
何もしていなくても
何もできなくても
何も持っていなくても
本当に幸せでした。
人生の分岐点を1つ終えた気がします。
昨年度は
なんでこんなにしんどいんだろう
もう嫌だ
と何度も思いました。
癌よりもしんどかったかもしれません。
でもそれは
大きなトラウマを越える時期だったんだと思います。
望んでいれば
諦めなければ
しんどさって乗り越えられるんだ
感覚は絶対に変わるんだ
そんな希望が自分の中に宿りました。
今年もまた
いろんなドラマがあるのでしょう。
でもそれもまた人生の彩りと思って
乗り越えていけそうです。
また今年度も皆様
どうぞよろしくお願いします。
