「最大の開運方法ってなんですか?」
今の私がそう聞かれたら
「自分が創造主であることを思い出すことだよ」
と答えます。
私は鑑定を
人生作戦会議の場所
だと思っています。
魂の航路を鑑定で客観的に観て
「なるほどね〜だからか〜」と納得し。
「じゃあ、私はこう生きる!!!」
って決め直す場所だと思っています。
私たちはほぼ
潜在意識の力で生きていると言われています。
だからなかなか
航路を変えることは難しい。
でも潜在意識の方向性を変えるのは
たった数%の顕在意識の力なのです。
なので諦めず
繰り返し繰り返し
自分の航路を意識的に変える必要があるのです。
人生変えるのは簡単ではないですね。
でも
意識的に決めて
そっちの方につま先だけで良いから変えて
あとはコツコツと進んでいけば、、。
つま先を変えてコツコツ進んだ分
ちゃんと変化していくのです。
そしてこの人生の変化に
絶対的な足場を創る必要があります。
この足場がないと
崩れやすいんです。
みんな
変わりたい変わりたいと思いながら
なかなか変われない
元に戻ってしまうというのなら
被害者の立ち位置に立っていることが多いです。
自分が全てを創り出せると思っていないのです。
私は無力である。
(だから私は被害者である。)
この思考が根深く(集合意識レベルで)
私たちの魂に刻まれてしまっています。
ほとんどの人が
そう信じています。
私は無力である。
そう考えるだけで、、
やる気がなくなります。
何をやってもどうせダメだからです。
だって無力なんですから。
どうせ無理
どうせダメ
だったらやらない方がマシ。
どんどん力を失います。
エネルギーが落ちちゃうんです。
エネルギーが落ちたり下がったり
逆にエネルギーが湧いたり満ちたりすること。
このエネルギー変化の原理は何かというと、、
自分が創造主という立場から
どれくらい近いか離れているかということなんです。
それだけです。
だから離れちゃったら
「ああ!自分が全て生み出せるって忘れてた!」と気づけば
気分は良くなるはずです。
私たちは分け御霊である
という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
私たちは
神様の一部なんです。
神社に行くと
必ず鏡が備えられています。
あの意味は
鏡に映される私たち自身が神である
ということなんです。
私たちは
「できない」ゲームを楽しみに
地球にやってきた魂であると言われています。
何故なら
なんでもできるゲームではつまらないから。。。
だから
身体という重みのある固体で不自由さを感じる器を持って
地球にやってきたとされています。
エネルギーだけって
ふわふわで軽くて温かくって
なんでもすぐに叶っちゃう世界だからです。
光ってすぐに届きますよね。
すごいスピードです。
あれがエネルギーだけの世界です。
死後の世界もそうだと
臨死体験をされた方達は口を揃えて言いますね。
だから私たちは敢えて
不自由さを体験しにやってきた
というわけです。
さらに不自由さの種類を生まれる前に決めてやってきた
と言われています。
私自身決して恵まれた生まれではなかったので
そう言われると
納得できないというか、、
絶対に認めたくない!!
と当初思いました。
でもこれも
「自分が」決めて生まれてきた
という自分軸になれる思考です。
自分の不幸を親のせいにしていた時は親に対して
「産みやがって!」
くらいに思っていましたね。
神様のせいにもしていましたね。
「こんな人生にしやがって!
絶対に恨んでやる!!」
とベットで泣きながら叫んでいましたね。
いっぱい泣いて
いっぱい怒っていいと思います。
諦めた時がありました。
泣くのは負けだ
怒るのは恥だ、醜い
そう思いました。
でもさらに
人生が厳しくなったように思います。
何故なら
感情がなくなってしまったからです。
感情は厄介です。
振り回されます。
でも感情を失うと幸せも同じ感覚ですからなくなりますし
生きている実感も感覚ですから無くなるんですよね。
身体がある
ロボットになってしまうのです。
「人間は傷つく自由がある」
エネルギーについて学んだ師匠に言われた言葉です。
そう言われた時は
「傷つきたくなんかないよ!」
と反発しましたが、、。
私が絶対に失ってはいけないと感じるのは
自由です。
何を体験しても良いのです。
自分に体験を許してあげてください。
失敗することも
間違えてしまうことも。
自分が傷つくことも許してあげてください。
法に触れるのはもちろん社会的に良くないし
幸せになる道の方が良いですよね。
みんな幸せになりたいし
幸せになりに生まれてきたんです。
癖ではなく客観的に見ることさえできれば
自分も周りの人も幸せになる道はちゃんとあります。
私たちは分け御霊です。
それぞれが尊重される存在です。
それぞれが創造主です。
自分がイメージできるものは
全て創造できます。
ただそのイメージを創造するのに当たり
今の自分のエネルギーの質や量が足りているかどうか
という課題があるだけです。
可哀想という同情は
悲しむべき強い報酬となってしまいます。
その立場は
被害者なんです。
だから
人生を創造できなくなります。
常に人のせい。
「私は悪くない!」
怖いんですよね。
自分が責められそうな気がして。
身構えることが習慣化しています。
でもこのままだと
自分のことをちゃんと見れていないから
人生を創造できなくなっています。
本人も常に嫌な気持ちです。
この残念な気持ちの正体は
創造主の立場から離れているためです。
占い師は共感は必要です。
明らかにその方の人生は
困難が多く大変だったと思います。
でも同情はしない。
可哀想と同情すると
占い師は実はその人の上に立ちます。
そして相談者は弱者になります。
そうやって相談者さんは
弱者の立ち位置から抜け出せません。
鑑定で表された負の魂の航路から抜け出し辛くなります。
決め直す創造主の力を発揮できなくなります。
何故なら「同情される」というその場しのぎの
麻薬のような報酬に味をしめ
習慣化されてしまうのです、、。
私が思うに
これが占い師依存の1つのルートだと思います。
そしてこれが
占い師や人と関わる仕事で境界線が甘くなって
人が好きなのに人と関わるとエネルギーが取られて疲れる
1つの回路だと思っています。
私は創造主である。
あなたも
私も。
これを思い出していくと
確実に開運していきます。
追伸
この内容をずっと書きたかったのですが
壮大すぎてうまく書けたかどうか分かりません。
あちこちに話が飛んでいますが
少しでも創造主の立場を思い出すことで
エネルギーの違いを感じていただければ幸いです。