②からの続きです。
納骨を終えて自然と話すようになった門徒の方々とバスで夫の生まれ育った街に向かう最中、隣に座られた女性に「穏やかで良いお天気で良かったね、この時期にしては暖かかったし、」等話しながら、「これで寒くて北風が吹いたり、冷たい雨が降ったりしたら、パパが気持ち寒いわ、泣いたるわ、と訴えていると思うてしまいます」と話していると、車窓の向こうにパァーッと晩秋の夕日が輝いて見えて、地元に近づくにつれてだんだんと見事なマジックアワーの空色に変化していきました。
もうすぐに終点の集合場所というところで、窓の外を見てらした誰かが、「見てみ、幻想的やなぁ」と言われた時に、「ほんま、綺麗〜」とバスのあちこちから呟きが聞こえました。
この美しい夕暮れのように、いま宗祖さまのお側に合祀されたむぅさんの気持ちも穏やかでいてくれたら、と切に願った私でした。
ひとりで参加、大丈夫?と思いましたが、心暖かい皆さまに支えていただけて、これからは年一でこの秋の納骨をかねた参拝に参加させていただきむぅさんに会いに行こう、晩秋に七夕さんやないけど、と思った私でした。
自宅に帰り、お仏壇でお留守番しているむぅさん喉仏さん、リトルむぅさん骨箱(むぅさんの頭のお骨一欠片安置)にお寺さんからいただいた落雁をお供えして納骨証明書を見せて、「いつかみんなで一緒になろうね」と手を合わせました。
子供がいない私は、私が彼のもと行けるようになった時、たどり着くのに大変な努力が必要だと思います。
お寺さんと親族にお願いしていますが、思わぬ事になるかもしれません。
こちらの世界でも彼方の世界でも、いつもふたりでいたい私、この願いが叶う事ができる生き方をと、思います。
夫の病気がわかってから始めたこのブログ、むぅさんの納骨を目処に終わらせていただくことにしました。
本当に酷い病気と闘い切った私のいちばん大切な人。
彼の目の動き、表情を思い出すことが出来るようにわかりにくい長い長い文章になってしまったのに読んでいただいて、本当にありがとうございました。
またこれからの私がAmebaブログの何処でひとりと小さくなった夫との暮らしを書いているのを見かけたら、お声をかけてくださいね。