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TRUE ROUTE じゃないよ?ww
そう思ったやつは乙ぽんね
そもそも自分の人生が狂いだしたのは高校の時である
気比高校に来た時点で、人生が分岐した。
だって本来ならつるむはずも無かった人たちと時間を共有してる。
それは、自分にとってどういう意味でプラスになったかは大体でしか分かっていないが
いとついえることは、本来の自分の目指すものとか、手に入れたいものがじんわりと確立したということ
そして、少ない友人であるが
友人によって本来なら経験できないことを共有させてもらったということ
これは、自分のもうひとつの道と比べて一番違うといえることである。
きっと、もうひとつの道であったなら
もっと友人が増え、まさに青春という名にふさわしい高校生活を送っていたであろう。
それもそれで、本当にいい思い出といえる。 が
それゆえに高校の中だけで満足してしまい、社会に関する興味が損なわれていたことだろう
今の自分にあるのはそこである。
普段の生活をしていれば経験できないことを私はしてきたつもりだ
それは、気比高校という学校に満足できないが故に外という社会に興味を抱いたことから
その魅力に魅せられ、すっかり浸ってしまったことにある。
高校生なら、高校生らしくすればいいのだろう
それが無難というものである。
今の自分は高校生が故に無理をしてしまっているのだ。
だから、後一歩のときに戸惑い、そして間違うのだろう。
でも、いい。
今となってはそれを正し、時に導き、時に押してくれる人たちが自分の周りに集まっていたことに気づいたからである。
本来ならば、中学、高校の友人と共に成長していくものなのだろう。
しかし自分には、共に成長し、共に助け合う友人もいれば
先駆者となり、道を正し、導いてくれる者もいる。
これに気づいたとき、本当の財産を獲得したのだと確信した。
そしてだからこそ、次に自分がその番になることも。
これから、それぞれが自分の夢や希望にむかって進むことだろう。
なかには、成り行きで事が進んでしまった人もいるだろう。
だが、それは一つの運命だと思う。
それもまた、いいではないか。
時に敷かれたレールにのり、人生の分岐点を自ら切り替えるのも。
これを自らの卒業文集としてこのブログに記しておきます。
将来これをみて笑うためですがw
けど、素直な気持ち書くのも照れくさいもんだな。
そう思ったやつは乙ぽんね
そもそも自分の人生が狂いだしたのは高校の時である
気比高校に来た時点で、人生が分岐した。
だって本来ならつるむはずも無かった人たちと時間を共有してる。
それは、自分にとってどういう意味でプラスになったかは大体でしか分かっていないが
いとついえることは、本来の自分の目指すものとか、手に入れたいものがじんわりと確立したということ
そして、少ない友人であるが
友人によって本来なら経験できないことを共有させてもらったということ
これは、自分のもうひとつの道と比べて一番違うといえることである。
きっと、もうひとつの道であったなら
もっと友人が増え、まさに青春という名にふさわしい高校生活を送っていたであろう。
それもそれで、本当にいい思い出といえる。 が
それゆえに高校の中だけで満足してしまい、社会に関する興味が損なわれていたことだろう
今の自分にあるのはそこである。
普段の生活をしていれば経験できないことを私はしてきたつもりだ
それは、気比高校という学校に満足できないが故に外という社会に興味を抱いたことから
その魅力に魅せられ、すっかり浸ってしまったことにある。
高校生なら、高校生らしくすればいいのだろう
それが無難というものである。
今の自分は高校生が故に無理をしてしまっているのだ。
だから、後一歩のときに戸惑い、そして間違うのだろう。
でも、いい。
今となってはそれを正し、時に導き、時に押してくれる人たちが自分の周りに集まっていたことに気づいたからである。
本来ならば、中学、高校の友人と共に成長していくものなのだろう。
しかし自分には、共に成長し、共に助け合う友人もいれば
先駆者となり、道を正し、導いてくれる者もいる。
これに気づいたとき、本当の財産を獲得したのだと確信した。
そしてだからこそ、次に自分がその番になることも。
これから、それぞれが自分の夢や希望にむかって進むことだろう。
なかには、成り行きで事が進んでしまった人もいるだろう。
だが、それは一つの運命だと思う。
それもまた、いいではないか。
時に敷かれたレールにのり、人生の分岐点を自ら切り替えるのも。
これを自らの卒業文集としてこのブログに記しておきます。
将来これをみて笑うためですがw
けど、素直な気持ち書くのも照れくさいもんだな。