子供を愛せない両親

子供を愛せない両親

私の人生を真面目に書いていきます。

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 皆さん初めまして。

 私は、現在自営業をしておりますが、

 私の家庭事情や環境の為、名前はAと

 名乗ります。

 私の人生を文章で報告していきます。

 私は、公務員の父と専業主婦の母、

 公務員の兄がいます。

 6月某日、私は無事母に出産してもらい

 大阪府で産まれる。

 兄と私の間には死産した兄がいた為、

 私が生まれたことは非常に家族では

 喜ばれました。

 しかし、私は生まれてくる瞬間まで女

 だと予想されていたみたいです。

 父はガッカリした事を母に後から聞き

 ました。

 私と兄は13歳離れており、私が産まれた

 頃には兄は、中学生でした。

 生まれて私は、家族に愛され順風満帆

 の環境で過ごすのです。

 それは、そーでしょー。

 父は公務員、兄は真面目でスポーツ優秀

 親戚一同にも、私の家は期待もされて

 ました。

 保育所時代から幼稚園時代は記憶は

 まばらですが、楽しかった記憶がありま

 す。

 しかし、兄は厳しく両親がいない時は

 意地悪ばかり、挙句には暴力や言葉での

 暴力。

 私は兄が嫌いでした。

 兄は、高校を卒業した後、防衛大学に

 合格するも、風俗街を通り登校するのが

 嫌で、公務員試験を受け消防隊に入隊

 しました。

 私は、兄が嫌いです。

 私の人生は、兄の後を追い一族に恥じぬ

 人生を常に言われ育てられました。

 中学の入学式、帰宅すると兄が自宅で

 待っていました。
 
 兄が中学からテニスをしており、テニス

 を私にさせたかったのでしょう。

 テニスラケットを既に購入されており、

 明日からテニス部に入りなさい。

 父も母もそれに賛成でした。

 何かあると常に、親戚や両親には。

 「お兄さんみたいになりなさい」

 何か失敗すると。

 「お兄さんはできたぞ!何故お前には

 それができない!」

 それが日常でした。


 私は、両親や親戚が嫌いです。

 部活中、私がランニングから帰ると、

 監督が話してる相手に驚愕しました。

 兄が中学に来ているのです。

 監督は、お兄さんみたいにお前もテニス

 を頑張りなさい!

 兄は、テニス部時代何一つ結果を残さ

 なかったのですが、社会人になり練習し

 関西代表になりました。

 私が幼稚園時代に結婚し、兄は誰が

 みても、長男としては鏡でした。

 それは、私が18歳の時に変わるのですが

 その話は、まだ先のこと。

 試合などにも、父が見にきては罵声を

 私にぶつけてきては、兄の事をだす。

 私は、中学生時代の結果はそれなりに

 だしました。

 しかし、褒められたことはありません。

 何を頑張っても兄と比較され、褒められ

 ることは、私も公務員になり消防隊に

 入り、兄弟揃って公務員しか私には

 褒められることがないのです。

 私は、公務員が憎かった。

 公務員こそが全ての時代。

 私は、非行にも走らず高校になっても

 テニスをした。

 結果は、大学から推薦がくるほど結果を

 だした。



 しかし、就職を父に勧められた。

 その時代、母は離婚し家にはいなかった

 父の偏った考えに理解出来なかったので

 あろう。

 続く