練習生時代⑥ 失敗
今日は相変わらずヒマな日曜日ー何しよか―
早めのブログ更新です。一番の失敗話。
まあそんな訳で、息抜きさせてもらいながらも厳しい日々を送っていたわけですが、2人新たに練習生が入ったんですね。
なので、私一人できつい思いという期間は2~3か月と短かったでんです。
で、タイガースさんが我々練習生を見るという感じにいつの間にかなってしまいまして、迷惑をかけてしまいました。
本当は私がしっかりと新練習生2人を育てなければいけなかったのですが、仕事のできるタイガースさんに甘えてしまっていました。
そんな中、大阪プロレスは外で試合、新今宮のデルフィンアリーナでは他団体が試合という日がありました。
そこで、私一人だけデルフィンアリーナに居残りになったんです。
残った私はぼーっとしている訳にもいかないと思っていたので、事務所内の掃除をしたんですね。結構綺麗に。
大阪プロレスの方は、ガムテープ等を入れ忘れたり(私のミス)練習生二人の動きがわるかったり(私の指導ミス)などいろいろ問題があったようでした。
そういった私のミスなのに、タイガースさんが傘が折れるくらい〇られたと聞きました
掃除してた私の評価が上がり、現場にいたタイガースさんの評価が下がってしまったんですね。私のミスなのに…
自分が殴られるより申し訳なかったです。
そこでタイガースさんに、「お前のせいで殴られただろっ!」って殴られでもすれば、気が楽だったのですが、そういう人でもなかったですしね。
タイガースさん一人の時は、殴られたりしなかったそうですが、我々3人が下についたことで足を引っ張ってしまいました…
フォルダにあった画像シリーズ シーズーと猫を飼いたいですが、友達がいるので我慢かなー
練習性時代⑤ 息抜き
ツバサさんからの連絡でやっと大阪プロレスの一員になれたと感じた私でしたが、それでも中々練習生の生活は苦しく辞めたいと常に思っていました。
とはいえ、私には逃げ道がなかったですからね。華☆激でデビューしていたのに無理に練習生に戻って、その上逃げていたら、もうプロレスはできないな。とわかっていましたから、なんとか耐えていました。
今みたいにフリーで活動できるリングもありませんでしたしね。
タイガースさんなんかはデビューしていたにも関わらず、下がいないため私が入るまで試合も雑用も一人でしていましたし、私より上の世代の人達はもっと苦しかったでしょうし…
そんな人たちの姿を見ていては、試合もしていない私が雑用だけで逃げる訳にはいかない、と思ったりしていました。
そういう生活の中で、この時の楽しみといえばタイガースさん、柏さんと仕事が終わったあと、夜中2時過ぎに行く、ネットカフェでしたね。
仕事でヘトヘトに疲れているのに、わくわく感の方が勝ってこれはよい気分転換になり楽しかったです
今思えば、自分の後輩たちにもそういう時間を与えてあげなかったことを後悔しています。
人生においても息抜きは大事ですね。
今の私は息抜きばかりですが
今日もエイリアン画像。昨日公開したエイリアンはエイリアン1と2の間の物語だそうです。レビューを見ると面白いそうですが、私はやっぱり今更エイリアンを怖がられても…という感じかしてしまいます。なんらかのサプライズはあるだろうと思ってネタバレも見ましたが、ふーんという感じですね。
でもエイリアンのデザインは45年たっても古臭さを感じさせないですね。凄い!
練習性時代④ 入門
あまりに暇なので休憩中のブログ投稿です
さて、挨拶以外で最初の頃で印象に残っていることといえば、先輩方に気を遣わせてしまったことでしょうか。
タイガースさんなんかは、私の方が年上、本来デビューも早い、そして彼の兄と同級生ということで、かなりやりにくかったとおもいます。
なので皆がいる前では立場上、私にため口の命令口調、車などで2人になると私に敬語で話してくれました。
それ以外にも気を抜く時間をくれたりと本当に助かりましたね。
ビリーさんも、かつての華☆激時代からの先輩でしたが、私の立場を考え普段はあまり会話せず、2人きりになると話してくれたりしましたね。(あまり2人になる機会はありませんでしたが)
もちろん練習にも参加させてもらって、当時、道場で練習を見ていたツバサさんの指導を受け、タイガースさん達からチケットを売る営業活動にも連れて行ってもらい、つらい日々ながらもプロレス漬けの日々を送れる有難さを感じていました。
そんな中でも中々大阪プロレスの一員と認められないような気を感じていましたが…
(再デビューさせない、その内辞めるだろう的な…)
ある時、ツバサさんが食中毒になって練習に来れないことがあったのです。
その連絡を他の人達ではなく、私に直接電話してくれたんですね。
そこでやっと大阪プロレスの一員になれた気がして、嬉しかったことをよく覚えています
今日からエイリアン新作が公開ですね。CMを見るとエイリアンから逃げ惑うような感じですが、メタ的に、もうエイリアン怖くないですからねー
やはりスタローン対エイリアンのようなバトル映画がみたい。
福祉の限界
障がいを負って生まれたことで、健常者と違ってできないことがたくさんあるのは分かりますが…
親が死んだあと、障がい児の面倒を見てほしいというのはわかるんですが…
また、我が家にも他に子がおりますが、その子らに末の娘の世話をさせたくはありません。
というのは都合が良すぎませんかね。
重度障害を負ってヘルパーさんに来てもらいながら…
重度障害者の中には、体の状態的にどうしても働けない人もいる。ただ、意欲がある人の道まで閉ざさないでほしい。
という意見もわかりますが、意欲だけで仕事を与えなきゃいかんの。という気もしますね。クラブ活動ではないですし、ヘルパー代を税金で賄ってまで働いてもらうというのも違うような…
企業側からすれば、どの程度の仕事ができるのか、給与を払う価値があるのかが重要ではないでしょうか。
どちらの方も行政の支援を受けすぎて、常に何か支援してくれるというのが当たり前という考えになっていないですかね。
私が開業したとして、利用者さんには支援を受けて当たり前、という思考にはなってほしくないです。
多額の税金が使われているという認識を持ってもらいたいな。と思いました。
承太郎とスタプラ。いろいろ遊べますね
練習生時代③ 挨拶
さて、皆に嫌われながらも大阪プロレスの練習生として無理やり入門したわたくしです。
タイガースさんに、僕もつらいんです。と言わせてしまいましたね。
(タイガースさんのお兄さんと私は同級生)
そして、練習性は人間じゃないから。と教わりました
ですので、誰かと一緒の時は常に気を抜けず精神的にも疲れました。
ただ、理不尽に殴られたり怒られたりはしなかったのはよかったですね。
まず教わったのは挨拶でしょうか。
それまでも練習生を経験していましたが、挨拶の重要性をそこまで教わっておらず、顔を合わせたら挨拶すればいいくらいに考えていました…
そんな感じだったのですが、大阪プロレスに入門すると、先輩一人ひとりに大きな声であいさつをしなくてはいけなかったんですね。
マスクマンが多いので、なかなか素顔と一致せず苦労しました。(人の顔を覚えるのは苦手でした)
思い返すと、それまで大阪プロレスの試合会場や練習に参加させてもらったりしていましたが、挨拶が適当だったなと猛省しましたね。
ただ、挨拶にそこまでこだわるのはやはり体育会系だからでしょうか。一般社会に出た際、朝礼の前に、プロレスの時と同じように30人くらいに一人ひとり挨拶をしていたら、そんなに力まなくていいよ。って言われましたね。
ですので、今の私は出勤しても挨拶は適当な感じです
今のプロレス界も昔ほど挨拶に厳しくないような気がしますが、若い子は大きな声で挨拶した方が印象はよいでしょうね。
しっかり挨拶できる友達。