昨夜、仕事に出掛ける前に母方のばあちゃんが死んだ。
昨年、腰を骨折し動けなくなってから
どんどん弱って行き、最近は一日中ずーっと寝てばかりいたらしいけど。
なんとなく覚悟はしつつも
急だったね。
一昨年には一緒に住んでいたばあちゃんが死んだんだけど…まぁ、歳の順番通りだから仕方ないし、人間最後は誰しもが死ぬわけだしね。
昨年、首を吊った幼馴染みたいに
親より先に逝く親不孝をしたわけでもないし。
ま、自分も昨年冬に死にかけてるから
なおさらそう思うんだけどね。
生きるって何だろうね?
死ぬって何だろうね?
死ぬかもしれないって自分が倒れた時に感じた時、半端無く怖かった。
死にたくなかった。
長く生きて、歳を重ねたら覚悟が出来るのかな?それでも後悔するのかな?
元カノの女医は俺に
「生きるって言うのは働いて自立する事、当たり前の事」と説教?した。
いつもその度に
それはそうだけど…それって生きるじゃなくて息をしているだけじゃん?と反論した。
金があるからいい暮らしは出来るけど、彼女をみていると心は満たされてはいなかった。
死んだら金は使えねえしさ、金で買えない物はたくさんあるし、歌唄いからすりゃ
金じゃなく自分らしさでしか評価されたり
仲間やファンを増やせない。
未熟、とも言われたけど。
成熟したならアーティストは終わりだ。
俺は自分が死んだ時に
泣いて欲しいとも、参列者がたくさん来て欲しいとも思わないけど。
「自分らしく生きた結果」
がそこに出るように、日々迷いながら
歌いながら、トンネル点検しながら
ゆっくり歩いて行くわけです。
ばあちゃんは優しいばあちゃんだった、
たくさん苦労して腰も曲がって。
ありがと、ばあちゃん。