AIって、本当に便利だと思います。
「こんなテーマで動画を作りたい」
そう入力すれば、あっという間に台本を作ってくれる。
自分では思いつかない言い回しも、分かりやすい構成も考えてくれる。
最初は、すごいと思いました。
僕にも、これなら発信できる。
文章を考えるのが苦手でも、顔を出したくなくても、動画が作れる。
実際、AIのおかげで100本まで投稿できました。
だから、AIを使ってきたことを間違いだったとは思っていません。
でも、あるとき、自分が作った動画を見返していて、変な気持ちになりました。
書いてあることは立派なのに、僕が本当に思っていることなのか分からなかったんです。
「継続することが大切です」
「失敗を恐れず挑戦しましょう」
「行動すれば未来は変わります」
確かに、間違ったことではないと思います。
でも、その言葉を投稿している僕自身はどうだったか。
失敗するのが怖い。
人にどう思われるか気になる。
毎日投稿することに追われて、何のために続けているのか分からなくなる。
そんな自分がいました。
それなのに、動画の中では、何でも分かっている人のような言葉を並べていたんです。
もちろん、誰かに役立つ内容を作りたかった。
だから、きれいにまとまった台本を使っていました。
でも、気づいたら、自分の考えを確かめる前に、AIが出した答えを投稿するようになっていました。
台本を作る。
素材を探す。
編集する。
投稿する。
その作業を繰り返すだけ。
僕自身が、そのテーマについて何を感じているのか。
そこを考える時間が、どんどんなくなっていました。
動画を作る時間は短くなった。でも、自分の言葉で話す時間まで減っていました。
だからといって、AIをやめようとは思っていません。
便利なものは、これからも使いたいです。
ただ、AIに台本を作ってもらう前に、一つだけ考えたいことがあります。
「僕は、この話について、本当はどう思っているんだろう」
かっこいい言葉じゃなくてもいい。
人に誇れる経験じゃなくてもいい。
失敗した話でも、まだ答えが出ていない悩みでもいい。
そういう自分の中にあるものを、全部消さなくてもいいんじゃないか。
最近は、そんなふうに思っています。
100本投稿したからこそ、気づいたことなのかもしれません。
次の動画は、ただ早く完成させるだけじゃなくて、「これは僕の発信だ」と思えるものにしたい。
まだ試行錯誤の途中ですが、今はそこから考え直しています。
自分の言葉であなたがいい。そう言われたい。
顔を出すかどうか、AIを使うかどうか。そこは関係なかったんです。
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