『夜のピクニック』で不思議体験 歩いて学ぶ?水戸一高は、卒業生に有名人ズラリ | 勇者親分(負けず嫌いの欲しがり屋)

勇者親分(負けず嫌いの欲しがり屋)

変なニュース面白いニュース、野球、サイエンス、暇つぶし雑学などなど

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180305-00000007-nikkeisty-bus_all&pos=4

 全国有数の名門公立高校、茨城県立水戸第一高校(茨城県水戸市、水戸一高)。東京大学をはじめ国立難関大への合格実績では公立校の上位グループ常連だが、OGの作家、恩田陸氏の出世作『夜のピクニック』でも有名になった「歩く会」など、ユニークな学校行事が盛んな学校としても知られる。政治家、経済人ばかりではなく、リベラルな校風で作家や映画監督、ゲーム作家といったクリエーティブ系の人材も多く輩出している。珍しく降った雪の残る冬の一日、水戸の地を訪ねた。

■「歩く会」は言葉にできない体験

 「他ではできない経験ができることが本校の強みでしょう」。石油ストーブがたかれた校長室で、鈴木一弘校長はゆっくり語り始めた。同校を象徴する校内行事「歩く会」についてだ。
 同行事は毎年10月、全校生徒が朝8時から翌日8時まで、仮眠時間をはさんで丸24時間かけて70キロを歩くという伝統行事。1日目はクラス単位で歩く団体歩行、仮眠の後の2日目は各自が思い思いに歩く自由歩行で、団体歩行のときに白いジャージでクラスごとののぼりを立てて歩く姿は、その季節の風物詩にもなっている。
 現在は3つのコースが設定されており、2017年度は県北の大子町までバスで行き、そこから水戸へ向かって南下する奥久慈コースで行われた。このほか県南のつくば市から北上するつくばコースと、学校を出て海沿いを歩き、学校へ戻ってくる東海コースがある。どのコースも70キロ程度。4~5時間の仮眠で歩き通すには過酷なものだ。
 戦前から続くこの行事は「『堅忍力行』いう校是を体現したもの」と鈴木校長は話す。「至誠一貫」と並んで同校が掲げる校是で、固い意志を持って耐え忍び、努力することを意味する言葉だ。だが、歩く会の1日を舞台にした恩田氏の小説『夜のピクニック』からは、そんな堅い言葉が似合わないくらい自由な雰囲気が感じ取れる。
 「並んで一緒に歩く。ただそれだけのことなのに、不思議だね。たったそれだけのことがこんなに難しくて、こんなに凄(すご)いこと」。小説の中で登場人物の一人はこう言う。こんな言葉こそが、生徒たちにとっての実感だろう。「昨年10月のときはドイツからの留学生も参加し、本校の生徒と喜びと感動を分かち合っていた」と鈴木校長。やり通すことで、何か言葉にできない変化や成長が感じられる体験。それが水戸一高の伝統行事の持つ力のようだ。
 同じく生徒中心に企画・運営される文化祭も、多くの生徒が印象的な体験をする名物校内行事のひとつ。実行委員会を中心に毎年統一テーマを決め、クラスごとにテーマに沿った展示を企画し、大賞を競う。2日間で7000人近くを集客する大型行事だ。ほかにもスポーツやゲームで優勝を競うクラスマッチなど、盛りだくさんの行事が季節ごとに組み込まれている。

■作家や映画監督、スタートアップの旗手も

 こうした高校時代を過ごすためか、OBには創作系で力を発揮する人が多い。作家の恩田氏もそうだし、上の世代では、「仁義なき戦い」「バトル・ロワイヤル」などで名高い深作欣二氏や、「さらば愛しき大地」の柳町光男氏、黒澤明監督の助監督を長年務め、「雨あがる」で監督デビューし、「博士の愛した数式」「蜩(ひぐらし)ノ記」などを撮った小泉堯史氏など、映画監督になった卒業生が目につく。変わったところでは、ボードゲームの「オセロ」を考案した長谷川五郎氏、大ヒットゲームの「ファイナルファンタジーシリーズ」を生み出したゲーム作家の坂口博信氏もいる。
 経済界でも元日産自動車社長の川又克二氏など大企業のトップを輩出する一方、最近はMBAスクールのグロービス大学院をつくった堀義人氏や、海外ファッション通販サイトで最大手の「BUYMA(バイマ)」をつくったエニグモの須田将啓社長など、スタートアップの旗手たちが次々と育っている。須田氏は高校時代を振り返って「大学以上に自由な雰囲気」といい、その自由な雰囲気の中で培った物おじしない体験が起業へとつながっていったと語っている。
 伝統公立校の常で制服もなく、校内行事を含めて自由な雰囲気が魅力になっている同校だが、「きちんと大学にいけることを担保しないと、最近の子供たちや親からは選んでもらえない」と鈴木校長は話す。東大合格者数では、県南の有力公立校、土浦第一高校が上を行く。だが、ここ3年は11人、14人、16人とじりじり合格者数を増やしており、国公立大全体の合格者数ではほぼ肩を並べる。17年は東大16人のほか、京都大学5人、東北大学34人など、旧帝大を中心に国立大に205人の合格者を出した。1学年320人だから3分の2の生徒が国立大に合格する実績だ。
 「授業改革を進めてきた成果が実を結んできた」というのが鈴木校長自身の実感。通常の高校は50分授業が一般的だが、65分1日5コマ、55分1日6コマという試行錯誤を経て、11年からは1日6コマの60分授業を導入、質、量ともに充実した授業に取り組んでいる。ほかにも隔週土曜日に課外授業として難関大進学対策の学習指導を実施するなど、受験対策にも抜かりない。

■1年生40人がハーバード大で交流

 今もっとも力を入れているのは、グローバル化に対応した人材育成のきっかけづくり。荘子の「図南鵬翼」にちなんで「プロジェクト図南」と名づけた。鵬(おおとり)が南に向かって羽ばたくことから、遠い地で大きな事業を起こすことを意味する。1年生の3月に実施する米東海岸への海外派遣研修が柱で、17年3月初めて実施した。希望者40人を募って約2週間を米東海岸で過ごし、国連本部やハーバード大、コロンビア大などを訪れたり、ハーバード大生や現地の高校生と交流したりする内容で、グローバル感覚を肌で味わってもらうプログラムだ。
 「学ぶ姿勢が見違えるほど、変わるんだ」。交流のある都立西高校の宮本久也校長から、こんな話を聞いたことがきっかけになった。それまでもアジアへの派遣研修を実施していたが、14年から始めた西高の成果を聞いて、米国東海岸での実施に踏み切った。他校の先行例があるとはいえ、下見など現地を訪れての準備は欠かせない。OB会などの協力を仰ぐなどで独自に現地に副校長を派遣、ようやく17年の派遣にこぎつけた。
 ほかにも1年生全員を東大に連れていき、特別講義を体験させたり、各界で活躍する第一人者を招いて生徒たちに高い目標を意識させる「心に火をつけるフォーラム」など、プロジェクト図南の名のもと、豊富なプログラムを用意する。
 「西高だけでなく、埼玉県立浦和高校や神奈川県立湘南高校など、関東の公立高校の校長先生とはよく情報交換している。私立校との競合の激しい首都圏公立校の取り組みは、我々には大きな刺激になる」と鈴木校長は言う。公立校同士の交流以外にも、自らデザインしたポスターを持って県内の中学校に説明会行脚をするなど、優秀な生徒を集め、学校の魅力を高めるために、鈴木校長は東奔西走の毎日だ。
 水戸はもともと学問の地として名高い。第9代藩主徳川斉昭が幕末に設立した藩校、弘道館は、吉田松陰ら各地の思想家や志士が遊学に訪れ、幕末維新の思想的原動力になった。水戸一高は水戸城本丸跡地に建つ。生徒たちは城門だった薬医門をくぐって登校する。二の丸跡地にも水戸三高や茨城大学付属小学校などが立ち、三の丸には弘道館が残る。かつて藩政の中心だった水戸城は、明治維新を経て学びの中心に生まれ変わった。水戸一高は開校から140年を迎える今、伝統と自由な校風に加えてグローバルリーダーの育成でも公立校のトップグループに躍り出ようとしている。
(水柿武志)