Fリーグ第14節 大阪戦
オーシャンカップで中断明けのリーグ戦は、ホームゲームで大阪との対戦。
結果は0ー1で負け。
1点を争うゲームは、後半残り5分で失点し、敗戦。
前半から、お互いハーフからのディフェンスをし、様子を伺う中で、決定機はほとんどなく、1点がとても重いものになることは予想出来た。
後半に大阪が1人退場者を出し、数的有利になった場面。
あの場面で点をとれなかったこと。
そこが勝負の分かれ目だったと思う。
数的有利を活かせず、その直後に失点。
大阪は数的不利をしのいで、流れを自分達のものに引き寄せてのゴール。
フットサルは「メンタル、流れのスポーツ」、とは良く言ったものだが、実際にそうなるものとは、何度経験しても思う。
悔しい結果となったが、うちはこのような展開になると想定して、万全の準備をしてきたかと言えば、万全ではなかったと思う。
前回の対戦でやられたセットプレーからの失点は守り方を変え、対応し、無失点にすることが出来た。
しかし、失点も仕方は、局面が多少違えど、去年のプレーオフと同じ失点の仕方。
左サイドを縦に突破され、セカンドポストにボールを入れられ、ファー詰め。
あの局面で、ペナルティエリア内には、大阪の選手より、うちの選手の方が多くいた。
逆アラのカバーとフィクソのカバーが、どこにカバーするのか、どこに撤退するのか、どこまでマンマークでつききるのか、どこまでゾーンなのか、完全に徹底されてはいなかった。
また、同じような過ちをしてしまったことはチームとして何も成長をしていないのと同じだと思う。
大阪は、うちの逆アラの絞りとフィクソのカバーが曖昧なことを見抜いていた。
きっとそこまで、見抜いていたということは、攻守において誰が1対1に強く、誰が弱いかもスカウティング済みだったと思う。
1人退場者を出した場面も、うちは明らかな対応不足だったと思う。
大阪がどういうディフェンスをしてくるから、うちはこうしようというのが具体的になく2分を終えてしまった。
もちろん、チャンスはあったが、決めきれなかった。選手個々の判断、選手個々の能力で頼るしかなかった。
もやもやしていたものが、試合後に多くの人と話したこと、そして、昨日一人の指導者の話を聞いて確信に感じたことがあった。
それは、『準備不足』
その言葉に尽きると思った。
大阪は充分に準備をしてきた。
うちに対して、チャンスとピンチと起こりうる現象と起こりうる予測を想定して、1週間準備をしてきた。
うちも、もちろん準備をしてきた。
起こりうる現象と予測をしながら。
しかしながら、そこでの準備の差は確かにあった。
昨日、スペイン1部リーグのサンティアゴの監督サンティ氏の講習会を受けたときに、彼の発した言葉が印象的だった。
1週間のトレーニングの作り方やスカウティングの仕方、対戦相手がありきで自分達の取り組み方を変えるの当たり前であり、
結果が全ての世界だからこそ、自分や自分達
のすることに責任と義務が生じる。
例えば、スカウティングをする上で12個の項目をチェックする。
相手の定位置攻撃、定位置守備、セットプレー攻撃、守備、パワープレーの攻撃、守備などなど、話を聞いてて充分過ぎるほどのスカウティングにそのスカウティングを基にした対戦相手への対策をしたトレーニング。
十全過ぎるほどの準備をしていると感じた。
しかし、それでも勝てない時もある。
それがフットサルだと。
それを聞いたときに甘いと思った。
まだまだ、俺や俺達の取り組み方は甘いと。
スカウティングや練習メニューの作成はコーチングスタッフの仕事なのは、それはそうなのかも知れない。
しかしながら、俺や俺達選手は、考えられる頭を持っているし、自分達の試合の映像を観ることは出来る。
与えられるものだけではなく、自ら考えて行動することも出来る。
俺は、自分の試合の映像を観る。
次の対戦相手の映像も観る。
ただ、スカウティングという目線で、チームが勝つ為にという目線で観てはいなかったと思う。
実際に、ピッチでプレーするのは選手。
いくら、監督やコーチングスタッフが素晴らしい戦術やシステムを構築し、提案してくれてもそれをピッチで表現できなかったら意味がない。
そして、それが出来たらといって勝てるものでもないのは十分にわかっている。
しかしながら、勝つ可能性が高くなるのなら、やってやり過ぎることはない。
俺は、俺達は子どもではない、自分達の意志や意見を伝えることは出来る。
監督やコーチングスタッフでなくても、次の試合の為に自分達が何ができ、何をするのか、勝利の為の行動をとることは出来る。
周囲を巻き込んで、自分達がどうするのか、そこがまだ、足りなかったと思う。
プロフェッショナルとはどういうものか、プロフェッショナルじゃなくてもそこの近づくには何をしたら良いのか、
もっともっと考えて行動していきたい。
結果は0ー1で負け。
1点を争うゲームは、後半残り5分で失点し、敗戦。
前半から、お互いハーフからのディフェンスをし、様子を伺う中で、決定機はほとんどなく、1点がとても重いものになることは予想出来た。
後半に大阪が1人退場者を出し、数的有利になった場面。
あの場面で点をとれなかったこと。
そこが勝負の分かれ目だったと思う。
数的有利を活かせず、その直後に失点。
大阪は数的不利をしのいで、流れを自分達のものに引き寄せてのゴール。
フットサルは「メンタル、流れのスポーツ」、とは良く言ったものだが、実際にそうなるものとは、何度経験しても思う。
悔しい結果となったが、うちはこのような展開になると想定して、万全の準備をしてきたかと言えば、万全ではなかったと思う。
前回の対戦でやられたセットプレーからの失点は守り方を変え、対応し、無失点にすることが出来た。
しかし、失点も仕方は、局面が多少違えど、去年のプレーオフと同じ失点の仕方。
左サイドを縦に突破され、セカンドポストにボールを入れられ、ファー詰め。
あの局面で、ペナルティエリア内には、大阪の選手より、うちの選手の方が多くいた。
逆アラのカバーとフィクソのカバーが、どこにカバーするのか、どこに撤退するのか、どこまでマンマークでつききるのか、どこまでゾーンなのか、完全に徹底されてはいなかった。
また、同じような過ちをしてしまったことはチームとして何も成長をしていないのと同じだと思う。
大阪は、うちの逆アラの絞りとフィクソのカバーが曖昧なことを見抜いていた。
きっとそこまで、見抜いていたということは、攻守において誰が1対1に強く、誰が弱いかもスカウティング済みだったと思う。
1人退場者を出した場面も、うちは明らかな対応不足だったと思う。
大阪がどういうディフェンスをしてくるから、うちはこうしようというのが具体的になく2分を終えてしまった。
もちろん、チャンスはあったが、決めきれなかった。選手個々の判断、選手個々の能力で頼るしかなかった。
もやもやしていたものが、試合後に多くの人と話したこと、そして、昨日一人の指導者の話を聞いて確信に感じたことがあった。
それは、『準備不足』
その言葉に尽きると思った。
大阪は充分に準備をしてきた。
うちに対して、チャンスとピンチと起こりうる現象と起こりうる予測を想定して、1週間準備をしてきた。
うちも、もちろん準備をしてきた。
起こりうる現象と予測をしながら。
しかしながら、そこでの準備の差は確かにあった。
昨日、スペイン1部リーグのサンティアゴの監督サンティ氏の講習会を受けたときに、彼の発した言葉が印象的だった。
1週間のトレーニングの作り方やスカウティングの仕方、対戦相手がありきで自分達の取り組み方を変えるの当たり前であり、
結果が全ての世界だからこそ、自分や自分達
のすることに責任と義務が生じる。
例えば、スカウティングをする上で12個の項目をチェックする。
相手の定位置攻撃、定位置守備、セットプレー攻撃、守備、パワープレーの攻撃、守備などなど、話を聞いてて充分過ぎるほどのスカウティングにそのスカウティングを基にした対戦相手への対策をしたトレーニング。
十全過ぎるほどの準備をしていると感じた。
しかし、それでも勝てない時もある。
それがフットサルだと。
それを聞いたときに甘いと思った。
まだまだ、俺や俺達の取り組み方は甘いと。
スカウティングや練習メニューの作成はコーチングスタッフの仕事なのは、それはそうなのかも知れない。
しかしながら、俺や俺達選手は、考えられる頭を持っているし、自分達の試合の映像を観ることは出来る。
与えられるものだけではなく、自ら考えて行動することも出来る。
俺は、自分の試合の映像を観る。
次の対戦相手の映像も観る。
ただ、スカウティングという目線で、チームが勝つ為にという目線で観てはいなかったと思う。
実際に、ピッチでプレーするのは選手。
いくら、監督やコーチングスタッフが素晴らしい戦術やシステムを構築し、提案してくれてもそれをピッチで表現できなかったら意味がない。
そして、それが出来たらといって勝てるものでもないのは十分にわかっている。
しかしながら、勝つ可能性が高くなるのなら、やってやり過ぎることはない。
俺は、俺達は子どもではない、自分達の意志や意見を伝えることは出来る。
監督やコーチングスタッフでなくても、次の試合の為に自分達が何ができ、何をするのか、勝利の為の行動をとることは出来る。
周囲を巻き込んで、自分達がどうするのか、そこがまだ、足りなかったと思う。
プロフェッショナルとはどういうものか、プロフェッショナルじゃなくてもそこの近づくには何をしたら良いのか、
もっともっと考えて行動していきたい。