やっぱり海外に出るときは不安になるのが普通じゃないでしょうか?
特にあまり英語もしゃべれない人達。
僕も10年前その一人でした。
でも英語が喋れない、
とか自分が出来るわけがない、
といった勝手な決め付けで、
世界に出て、知るチャンスを見逃すのは、
ものすごくもったいないと思います。
音声でもお話したとおり、
僕の体験をリアルに知って、感じることによって、
英語の不安を少し拭い去って、
海外に踏み出す一歩の勇気を持ってくれたらうれしいので、
今日は、
僕がどうやってこの英語の生活に慣れていったのか、
英語を習得していったのか、
に付いて話してみよう思います。
10年前小学校卒業後、
僕はローマ字と簡単な英単語しか知らない子供でした。
最近は小学校でも英語を教えたりしてるみたいですが、
当時は、ローマ字を国語の時間に、
少し教えられた程度だけです。
小学校から英語を教え始めてるって言う事は、
子供にも世界の可能性という物を教えたり、
気付いてもらったら、
一人ひとりの、英語への取り組み方が変わって、
将来世界で活躍できる人達が一気に増えるんじゃないか!
と思ってもいます。
話を戻しますが、
5ヶ月間のものすごく長い準備期間/夏休みが、
小学校卒業日からイギリスの学校の入学日まであり、
祖父達が英会話の家庭教師を見つけてくれたり、
ラジオで流れている、
英会話教室の放送を聴いたりなどしていましたが、
まだまだ時間があると、全く本気で取り組まなかったです。
なので飛行機でイギリスに向かっている途中、
軽い英単語意外、まったく英語が分からない、
というのが、僕の英語レベルでした。
実際にイギリスでの生活が始まってから、
何をしたか、というと、
始めの頃は特にこれっという特別な事はなにもしなかったです。
唯一の英語の勉強は、
英語で書いてある、ごく普通の英語の教科書を学ぶ事と
その宿題、そして多い単語の数と意味を覚えるだけでした。
これだけなら日本でも出来るんですが、
知識だけ増えて、相手に簡単な自分の意思を伝えれますが、
会話能力は全く上達し無いと思います。
僕が何故これ程までに早く英語が喋れるようになった理由、
って言うのは、
やっぱり自分を英語でしか喋れないという環境におくことで得られる、
危機感から生まれる行動、
やらなければ生きていけないという強い意識。
この二つが日本でも得られるならすごいと思いますけど、
普通はやっぱりどこかで自分を甘やかすんじゃないでしょうか?
実際に5ヶ月後、留学する!
と決まっていた僕でさえ、
英語の勉強を本格的にしなかったですから。
なのでまず自分を英語がとにかくずっと喋り続けれる環境に身を置き、
とにかく喋る。
これが僕の場合できたので、英会話能力はあっという間に上達しました。
これだけで、僕は学校の授業を英語で理解し、
試験や、宿題とこなせるようにはなりました。
でもまだ足りないと思った僕が
次にしたことは、発音の練習です。
これはとにかく反復練習そして一番効果的だったと思うのが、
日本語を喋らなかったということです。
知っていると思いますが、
英語の発音と、日本語の発音では舌の使い方が全く違います。
なので英語の発音の練習をしているのに、
日本語の発音で会話したりすると、
体がいつまでも覚えてくれません。
なので僕も、家族と喋るとき以外は、
日本人の友人とも、
英語で会話するよう努力していました。
これは時間がかかったし、
難しかった、
そしてとにかく根気と辞めない!という強い意識が必要でした。
気が付いたら出てこようとしている日本語をとめたり、
ゆっくり英語を話して、
発音をはっきりするようにしたりと、
友達に笑われながらも、してきました。
でも一番役に立ったのは、
英語の歌を歌うことです。
発音が下手だったら、歌も下手になる。
歌手能力は関係ありませんが、
歌を形にしたかったら、
発音を完璧にするしかなかったですから。
全然上達して無いじゃん、と何度も諦めかけました。
でも何年か繰り返してた後、
周りから、アクセント綺麗だねとか、
イギリス生まれなのと聞かれるようになりました。
ここからは、自分の上達が感じれたので、
簡単です。
今までやってきたことを繰り返し、
とにかく喋りました。
そして現在も、単語を増やすため、
辞書を引いて新しい単語を覚えていっています。
でも英会話での心配は全くありません。
言ってみれば3,4年も海外にいて、
英語を使っていれば誰でも嫌でも喋れるようになると思います。
行動を起こす勇気、
そして強い意識があれば
この2つを意識しながら海外で生活し、
英語の不安を打ち消し、
世界を知って、活躍して欲しいなと思います。
今日は始めての音声録音に挑戦しました!
失敗を何回も繰り返しながら、
一日経ってしまいました。
楽しんで聞いてくれたらうれしいです。
色々試してみたのですが、
何故か音声がアップできないので、
リンクを置いておきます。
https://dl.dropbox.com/u/107664405/yusukesbrain.m4a
失敗を何回も繰り返しながら、
一日経ってしまいました。
楽しんで聞いてくれたらうれしいです。
色々試してみたのですが、
何故か音声がアップできないので、
リンクを置いておきます。
https://dl.dropbox.com/u/107664405/yusukesbrain.m4a
さてこれまでの続きですが、
留学先が決まってからは、
入校が9月なので、
ものすごく長い夏休みでした。
小学校卒業してから、
すき放題な生活をエンジョイしてましたね。
頑張って英語でも学べばいいものを、
その時には危機感が無く、
全く心配していませんでした。
今思うと、
留学が決まった時の不安は何処に行った!
と思いますけど、
当時の僕はそんなことを考えもしませんでした。
書いていて思いますが、
人間って目標がないと、
自分にものすごく甘くなるんですね。
危機感が戻ってきたのは、
いざ出発と言うときの空港へ向かうバスの中。
やべっ!
英語全く覚えてない!
どうしよ!
と頭の中で無限にループしてました。
格好悪いので、
誰にも言いませんでしたが、
急に行きたくなくなりました。
でも行くしかない。
覚悟なんか決まるわけも無く、
搭乗ゲートに。
飛行機の上、
学校に向かうバスの中、
心配過ぎて心臓がバクバク耳の中で反響し、
全く眠れませんでした。
いざ学校に着いたら、
心配はマックス!
走って逃げ出したかったですが、
逃げれるわけも無く、
観念して、自分の寮の部屋に入りました。
始めてみた金髪、青い目の同じ年くらいの子供、
カッケー!
と不安も忘れて思っていました。
他に居た男の子たちも、
泣きながら家族に別れを言っていたので、
何か、心配しているのは僕だけじゃないのかな、
と少しだけ、大丈夫なんじゃないか、
っと希望がわいてきました。
それもつかの間、
両親達が部屋を出て、
僕らだけになった時、
話しかえられその希望は叩き潰されました。
話される英語のスピード。
分かるわけも無く、
"I don't know"
を連発。
名前だけ頑張って分かりあい、
残りは全部、ジェスチャーと想像。
こんなんでやっていけるのかと、
本当に疑問でした。
そんな感じで一ヶ月たち、
毎日当たり前のように英語の世界。
そして気がついたら文句無く、
毎日楽しい日々。
英語もそこまで不自由なく、
その事に疑問を持つ事も無く
当たり前の毎日。
そして一年、二年と経ち、
気がついたら、
充実した10年が経っていました。
もちろん、日本人だから、
と馬鹿にされたり、
差別されたり、
よく分からないいじめ?見たいな事もあり、
先生の見えない所で色々ありました。
でもつらくは無かったです。
ホームシックにもならなかったです。
イギリスに居ると言うことが、
当たり前になりすぎて、
そんな事は一回も思いませんでした。
日本に居る皆さんが、
職場や学校、
他様々な場所でいやな体験があっても
ホームシックになったりせず、
その体験と向き合っていきますよね?
そんな感覚です。
人間の脳は本当に面白いと思います。
始めは不安があったりし、
何とか今の環境のに変化を起こさないようにしますが、
一度変化を起こすと、
それが当たり前になってしまいます。
僕の留学がそうだった様に
変化を起こしてしまえば、順応する。
ならば行動を起こして、
一歩一歩、
正しい方向、
成し遂げたい方向に進んでいったら、
確実に成し遂げれるんじゃないかと
僕は信じています。
これからも、
僕が喉から手が出るほど欲しいもの、
経済的自由、
場所的自由を得るため、
試行錯誤しつつ、
前進して行きたいです。
留学先が決まってからは、
入校が9月なので、
ものすごく長い夏休みでした。
小学校卒業してから、
すき放題な生活をエンジョイしてましたね。
頑張って英語でも学べばいいものを、
その時には危機感が無く、
全く心配していませんでした。
今思うと、
留学が決まった時の不安は何処に行った!
と思いますけど、
当時の僕はそんなことを考えもしませんでした。
書いていて思いますが、
人間って目標がないと、
自分にものすごく甘くなるんですね。
危機感が戻ってきたのは、
いざ出発と言うときの空港へ向かうバスの中。
やべっ!
英語全く覚えてない!
どうしよ!
と頭の中で無限にループしてました。
格好悪いので、
誰にも言いませんでしたが、
急に行きたくなくなりました。
でも行くしかない。
覚悟なんか決まるわけも無く、
搭乗ゲートに。
飛行機の上、
学校に向かうバスの中、
心配過ぎて心臓がバクバク耳の中で反響し、
全く眠れませんでした。
いざ学校に着いたら、
心配はマックス!
走って逃げ出したかったですが、
逃げれるわけも無く、
観念して、自分の寮の部屋に入りました。
始めてみた金髪、青い目の同じ年くらいの子供、
カッケー!
と不安も忘れて思っていました。
他に居た男の子たちも、
泣きながら家族に別れを言っていたので、
何か、心配しているのは僕だけじゃないのかな、
と少しだけ、大丈夫なんじゃないか、
っと希望がわいてきました。
それもつかの間、
両親達が部屋を出て、
僕らだけになった時、
話しかえられその希望は叩き潰されました。
話される英語のスピード。
分かるわけも無く、
"I don't know"
を連発。
名前だけ頑張って分かりあい、
残りは全部、ジェスチャーと想像。
こんなんでやっていけるのかと、
本当に疑問でした。
そんな感じで一ヶ月たち、
毎日当たり前のように英語の世界。
そして気がついたら文句無く、
毎日楽しい日々。
英語もそこまで不自由なく、
その事に疑問を持つ事も無く
当たり前の毎日。
そして一年、二年と経ち、
気がついたら、
充実した10年が経っていました。
もちろん、日本人だから、
と馬鹿にされたり、
差別されたり、
よく分からないいじめ?見たいな事もあり、
先生の見えない所で色々ありました。
でもつらくは無かったです。
ホームシックにもならなかったです。
イギリスに居ると言うことが、
当たり前になりすぎて、
そんな事は一回も思いませんでした。
日本に居る皆さんが、
職場や学校、
他様々な場所でいやな体験があっても
ホームシックになったりせず、
その体験と向き合っていきますよね?
そんな感覚です。
人間の脳は本当に面白いと思います。
始めは不安があったりし、
何とか今の環境のに変化を起こさないようにしますが、
一度変化を起こすと、
それが当たり前になってしまいます。
僕の留学がそうだった様に
変化を起こしてしまえば、順応する。
ならば行動を起こして、
一歩一歩、
正しい方向、
成し遂げたい方向に進んでいったら、
確実に成し遂げれるんじゃないかと
僕は信じています。
これからも、
僕が喉から手が出るほど欲しいもの、
経済的自由、
場所的自由を得るため、
試行錯誤しつつ、
前進して行きたいです。