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今日もブログペタありがとうございます(^-^ゞ 本当に関心を持って頂けたら幸せです。



第92代 内閣総理大臣
麻生太郎元首相。


どのような印象をお持ちでしょうか。

字の読み間違えの総理?
バー通いの庶民感覚なしの首相?

彼の外相、首相時の数々の功績は報道されていません。


2008年 アメリカ発の金融危機に対して行われた G20サミットでは世界的な評価を受け、現在でのグーロバル金融危機対策として『麻生論』が採択され、世界は動いています。


今日は彼の外相時代の外交についてupしたいと思います。(YouTubeよりまた転載します。動画のほうが分かりやすく印象的です。)



~中東に平和と繁栄の回廊を描け 麻生太郎、日本外交の挑戦~

1948年 イスラエル建国

いくつもの戦争と、
1948年 第一次中東戦争
1956年 第ニ次中東戦争
1967年 第三次中東戦争
1973年 第四次中東戦争
1981年 レバノン戦争

いくつもの報復テロ
1987年 パレスチナ人の抵抗運動
(インティファーダ)
1995年 ラビン首相が暗殺される
2000年 第ニ次インティファーダ


終わりのない家族の死と、
貧困と絶望の連鎖を。



物語りは、麻生太郎が外務大臣に就任した2005年に始まりました。
日本はまずイスラエルと直接交渉し、『戦略対話のための覚書』に調印。
相互の利害関係を一致させた後、2007年3月14日、
日本、イスラエル、パレスチナ、ヨルダンによる閣僚級四者会談が実現しました。


麻生「パレスチナさん、いつまでも義援金だけでは国が成り立たんだろう。パレスチナも、イスラエルに倣ってまずは農業国家として経済的自立を果たしてみる気はないかね? ノウハウは日本が提供する。約束してもらいたいことはたった一つだけ。 日本人なみに働くこと。どう、できるかい?」


パレスチナ「はい。信じてください。」


麻生「イスラエルさん、そういうわけだ。ひとつ、あなたに約束してほしいことがある。 今後、この地域に政治的・軍事的介入を一切行わないと。」


イスラエル「あぁ、約束しよう。」


麻生「ところでヨルダンさん、飛行場までの道路整備を日本にやらせてもらえないかなぁ。後で君たちも自由に使っていい。その代わりここを農産物の輸出販路として使わせてほしい。」


ヨルダン「問題ない。」



シモン・ペレス イスラエル大統領
「不思議なものだな。私達はこれまで三か国で何百回と和平交渉のテーブルについてきたのに、カネ儲けのために席に着いたのはこれが初めてだ…」

「ユダヤ人がカネ儲け以外でなぜ交渉ごとなんてするんだね?(笑)」麻生はそういうとケラケラ笑った。



後日、麻生からこの話を聞かされたアメリカは、「驚愕に値する。実現すれば奇跡だ。」と驚いた。

「イスラエル外相がパレスチナを訪れた歴史的瞬間だ。」この日、地元メディアが沸いた。


2008年9月25日
国連総会演説
麻生「この例が示すごとく、日本ならばこそできる外交というものがあることを、私が疑ったことはありません。」


2008年9月24日
麻生太郎 天皇陛下より第92代内閣総理大臣の任を賜る。

その三ヶ月後、
2008年12月26日
イスラエルによるパレスチナ空爆が開始された。

5日後日、
2008年12月31日
麻生首相は個人事務所からイスラエルのオルメルト首相に電話した。

麻生「空爆の即刻中止を要請する」

オルメルト「和平交渉は継続していく意向だ」

麻生「日本はこれからガザ地区への人道支援を行うがイスラエルの協力が必要だ。約束できるか?」

オルメルト「あぁ、約束しよう」


3日後、
2009年1月3日
麻生首相はパレスチナ自治政府のアッバース議長に電話。

麻生「早期停戦を求める」

アッバース「そのつもりです。」

麻生「いまから1000万ドルそちらに送金するから、人道目的の活動費用に当ててほしい。」

アッバース「日本のみなさんに心から感謝いたします。」

麻生「近いうちに一度、日本に来なさい。」

アッバース「はい、では予定を調整させましょう。」




2009年1月31日
ダボス会議 世界経済フォーラム

麻生「私には、信念があります。 経済的繁栄と民主主義を希求する先に、平和と人々の幸福がある。」



『肝心なことはたったひとつだけなんだよ。一生懸命に働くこと。資源のないこの国が、経済大国として世界と渡り合えるのは一生懸命に働く姿を美徳とする日本特有の宗教観にあったと私は確信している。

グローバル化の時代を迎えて、今後、日本だけが平和を享受していくというわけにはいかなくなるだろう。

中東和平の実現は、貧困と絶望からの脱出が突破口になると思う。そのときに、私たちが持っているこの当たり前の価値観が、きっと彼らの役に立つと確信している。

アイデアは彼らからもらい、日本の技術で実現させる。これが日本らしい外交の在り方だと僕はそう思うけどなぁ』
麻生太郎・伊勢原青年会議所設立30周年記念講演より。


2009年1月27日
中曽根弘文外務大臣
ミクダード・シリア副外相 来日
中東地域の平和と安定のために同国と協力していくことを確認し、アサド大統領から麻生首相に宛てた親書を受けとる。

2009年3月16日
アリ・ヨルダン計画・国際協力相
日本による同国支援への感謝と、『平和と繁栄の回廊』構想への同国の協力方針が示された。

2009年2月12~19日
中東外交官等招聘プログラム
イスラエル、ヨルダン、モロッコ、パレスチナより若手外交官を日本に招き平和について語り合った。
この平和推進事業に招かれた、中東若手外交官は帰国後もお互いに連絡を取り合っている。





この麻生元首相は、テレビや新聞で連日叩かれました…。読み間違い?バー?
世界から高い評価を受けていくなかで、何故か国内では連日のバッシングにより内閣解散に追い込まれました。

北村 晴男氏が、
「マスコミの人間は、いかに麻生太郎が力があっても、説得力があっても、一切報道しないよう、報道しないように、しないようにしてるよ。これは、本当のことだ!マスコミを信用してはいかん!」(YouTubeでこの演説は視聴できます。)と発言したのも、実にもっともです。
これは、椿事件や安倍晋三首相のときと構造が似ています。


麻生元首相は、現在でも若者を中心に強く大きな支持を得ています。
自民党総裁に就任した、安倍晋三氏をすぐに支持し応援してくれました。
今年の9月20日、秋葉原での総裁選前の街頭演説は数千人もの人が集まり大盛況でした。

マスコミは演説開始まもないこれから人が集まる前の写真で、あまり盛り上がりませんでした的な報道をよくします。

9月20日の演説後、
何が起きたか知っていますか?
YouTubeやニコニコ動画でちゃんと一般の方が現場を報道しています。
マスコミは変わらず報道していなかったのですが…。


なぜマスコミがこんななのか、以前ブログに書いたように、自分の国に対して否定的な空気があったのか、僕はブログで自分ができることとして、触れていきたいと思っています。


僕は、麻生さんの実績や哲学や経済対策をすごいと思ってますが、あの人懐っこい笑顔が一番大好きです。