愛媛88箇所「ようおいでたな」 60.新来島ドック | レンタルバイク松山のブログ

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皆さんこんにちは!!

愛媛のおすすめのツーリングスポットを紹介します

愛媛88箇所「ようおいでたな」の更新の時間です太陽

今回は前回の松山市内から少し離れまして

新来島ドックを紹介させていただきます矢印

 

 

株式会社新来島どっくは、東京都千代田区に本社を置く造船メーカーである。

旧会社名は来島どっく。

来島どっく時代には、経営者の坪内寿夫氏の下、独自のコスト削減などの

経営手法により愛媛県を中心に一大企業グループを築いた。

 

 

坪内氏は倒産寸前の企業を数多く再建させた手腕から、一時はマスコミによって

「再建王」、また船舶・造船・ドック会社を多数抱えたことから「船舶王」とも呼ばれた。

 

 

日本最大の海事都市である今治市

今治市は2005年1月の合併に伴い、世界でも類を見ない海事産業

(海運業・造船業・舶用工業)が集積する「海事都市」が誕生した。

「日本最大の海事都市」と呼ばれる理由は、圏域(今治市及び越智郡)に

点在していた海事産業が合併によりひとつの行政区域に組み込まれ

産業集積、生産(数・量)の多くが全国一となったからだ。

 

 

また「今治オーナー」と呼ばれる外航船主の集積は、北欧・香港・ピレウス(ギリシャ)

と並んで世界の四大船主と言われ、更に全国屈指の造船業を加えた

海事産業の集積都市は、世界的にも例がないと言われている。

 

 

この地が日本一の造船・海運王国となった背景には、海とともに

拓け発展してきた中世の村上水軍の活躍や、伊予商人の椀船月賦販売といった

後の流通ビジネスモデルになった歴史と、先人たちが培ってきた進取の気性と

ものづくりにかける心意気を今日まで受け継いでいる誇り高き文化が

在るからだ。

 

 

塩に関していえば12世紀初頭の平安時代、瀬戸内の島々では塩づくりが

盛んに行われていた。現在でも大三島には製塩工場があり今治の

産物として国内に知られている。

この頃、島々でつくられた塩を各地へ運ぶための海運が発達した。

交易が盛んになってくると、船の修理や建造が必要になっていき

船大工が各地に育つようになった。

それと同時に防波堤の工事などの港湾整備も行われてきた。

 

 

水軍は南北朝時代から戦国時代に、来島海峡一円に勢力を誇った

能島・来島村上水軍は、海の武士として、織田信長や毛利元就にも

一目置かれるほどの勢力があったといわれている。

関ヶ原の合戦で勢力を失いますが、その優れた航海技術は、その後も

さまざまな航海で重用され、地域交流により情報や文化を伝えている。

今治人の進取の気質やものづくりは、この頃に形成されたといわれているほど。

かつて瀬戸内海で海の支配者といわれた村上水軍、来島海峡の新鮮な

魚介を使った豪快な郷土料理の水軍鍋、宮窪町にある村上水軍博物館

和船を使用した水軍レース大会、など今治ならではのものだ。

 

このような現代文化と歴史のある新来島どっく(今治)へ

レンタルバイクを利用して出かけてみませんか。

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アクセス

バイクハウス阿部からは県道437号線を東に向かい

国道196号線へ入り今治方面へ向かいます。

途中県道15号線を波方方面へ向かっていると途中にある新来島どっくへ到着です。

約1時間ほどの距離です。

 

 

今回の更新はここまでです。次回もお楽しみに。

                          レンタルバイク松山 竹内