ヒグマとツキノワの交雑
そんな話が載ってました。
元は秋田県八幡平クマ牧場でヒグマ、ツキノワグマ、コディアックヒグマが展示されていたのですが、2012年に雪捨て場としていた運動場の一角に残雪が積み上がり、そこを足掛かりとして飼育中のクマが逃げ出し、飼育員二名が逃げ出したヒグマにより殺害され、逃げ出したヒグマは駆除されたという事件がベースにあります。
そしてこの事件はそのずさんな管理体制が原因で生じており、展示されていることになっていたコディアックヒグマは居なかったであるとか、逃げ出したヒグマの数が本当に正しかったのか等々の管理上の問題が裏にありました。
そして管理上の問題をベースとして、射殺されたヒグマ以外にも実は逃げ出したヒグマが居たのではないかという話があるそうです。
また、本来はツキノワグマの生息地である本州にヒグマが持ち込まれたので、本来出会うことの無いヒグマとツキノワグマが出会った可能性があり、そこで交雑種が発生したのではないか?
という話が大きな赤毛のツキノワグマの目撃情報と共にまことしやかに囁かれています。
ツキノワグマとヒグマは交雑するのか?
仮に逃げ出していたとしても、交雑が生じなければ逃げ出した個体の寿命が尽きることで元の生態系に戻るわけですが、もし在来のツキノワグマとヒグマが交雑すれば、その交雑個体が生じる可能性もある。
それが大きな赤毛のツキノワグマなのではないか?
というのが記事の論調なのですが、ホンマかいなと。
確かにクマ科の動物の染色体数は2n=74とされており、ツキノワグマとヒグマの染色体数は同じだそう。
種の分類においてはヒグマはクマ科クマ亜科クマ属ヒグマ、ツキノワグマはクマ科クマ亜科クマ属ツキノワグマとなってます。文字だけ見ると同じですが、ヒグマはホッキョクグマと、ツキノワグマはアメリカグマやマレーグマと互いに近縁となるようです。
実際にはヒグマの交雑は確認されており、ヒグマとホッキョクグマとの交雑個体がいるそうですが、元々ホッキョクグマとヒグマはかなり近縁種であり生殖的隔離が無く、温暖化の影響で互いの生息域が重なることで生じる雑種のようです。
他にもホッキョクグマとグリズリーの交雑であるピズリーやナヌラークと呼ばれる雑種が確認されており、ツキノワグマは野性下でマレーグマとの交雑が確認されています。
その代わり意外とツキノワグマとヒグマの交雑の可能性に言及した論文は見当たらなかったのですが、同属に属するため可能な気もします。
異種間の交雑により産まれたものを雑種第一代(F1:filial 1 hybrid)と言い、ジャガートラウト(イワナ×カワマス)やタイガートラウト(ブラウン×カワマス)等がF1と呼ばれますが、このような雑種の多くは生殖能力を欠くことが多いです。また同種間の雑種は耐性や選抜による体格の向上等で有利になることが多いですが、雑種の多くは病弱だったり短命であったり、何らかの異常を抱えることも多いです。
もし仮にツキノワグマとヒグマのF1が居たとして、そのF1に生殖能力があればヒグマの血が薄まりつつその遺伝子が拡散することになるのでしょう。
この手の記事の嫌なところは一種のフォークロアとして存在が定かでない存在をあたかもいるかのように思わせ、一種の怪談話やSFの様に仕上げる傾向にあることかと思います。
もし仮に『大きな赤毛のヒグマの遺伝子を持ったハイブリッド』が居るとすれば
・事故の際に確認されていない逃げ出したヒグマが居て
・それが在来ツキノワグマと喧嘩する事無く繁殖し
・その繁殖が生殖的隔離を逃れ
・雑種にも関わらず強く大きく生き延び
・ヒグマの特徴を色濃く引き継ぐ
必要があるわけですが、そんな上手くいくものなのかと。
特にその存在を示唆したインタビューが匿名である必要がなさそうなもの(危険を周知するためのもの)なのにあやふやに書かれている辺りから結末ありきの話な気がしてなりません。
とはいえ
存在しないとも言いきれないわけで、そんなものが居たら恐ろしいなと思うし、本来出会うことのなかった遺伝子同士を結びつけた人間の行いというのはなんとも罪深いものがあるなとも思いますね。
最近では琵琶湖にアメナマことチャネルキャットフィッシュの生息と繁殖が確認されていたり、スイゲンゼニタナゴの生息地で外来の雑種タナゴが繁殖していたり、人間のエゴにより悪者にされる動物が不憫でならんという気持ちがしますね。
その一方で逆に絶滅したと思われていたスライゴオオサンショウウオが日本で飼育されていたりするわけですから、種の移動が全くの悪行という事も言えないのが問題を難しくしているなとも思います。
まぁそもそも環境破壊が無ければ種を移動する必要もなく本来の場所で群生出来ていたのでしょうから、やっぱり人間の行いが罪深いのは変わり無いというのは間違いなさそうです。