「死」
今日は韓国は、選挙で会社や学校はお休み。
朝から近くの子供たちが遊んでいる声で目が覚めました。
部屋のインターネットが使えなくなり、大元の人が電波を切ると、その
おこぼれをもらっている僕などは、ネットが使えなくなるんです。
この5年の韓国暮らしで初めてなんですけど。
それとドラマのマーケティング企画書の完成が、Yさんが夜中の3時に
完成させたものだから、なえちゃんの翻訳がそこから始まり、完成が4時半、
それなので、僕はお休みの会社へやってきて、企画書の直しをしているという
訳です。
もちろん引き続きシナリオ直しもしつつなので、働けるのは助かります。
今、差し掛かっている内容が、主人公が死について直面するというところ。
肉体の死、ではなくて、精神の死です。
人は魂というものを持っているといいます。科学ではありえない話なんでしょうが、
その魂がいかに尊厳を保って生きていけるのか、を若い主人公が考えるのです。
いかに肉体が健康でも、精神が腐っていては身体もほころびてくる。
うわべを取り繕っても、ほころびは見える。ドラマでも最近は、コンビニで買える
チンして暖められたような恋愛ドラマが多いと聞きます。
最近の恋愛ってさぁ、この手なもんでしょう?という具合ですか?
(最近、雑誌の記事で読んだんですが、日本のドラマに、韓国ドラマのテイストを
盛り込んだものがあるとか?もともと韓国ドラマが日本のドラマを真似て作ってた
のに、それをまた似せてどうするんだ、笑・・・昔は日本の放送が見れる、釜山に
テレビ局の編成マンや制作が行って、バラエティなどを見ては、それをパクって
企画にしていたりしたそうですよ。といっても3年前の話ですが。今は聞くと、やはり
アメリカ、フランスなどのドラマから頂いてることがあるようです)
なので、僕くらいは韓国でドラマを作り、日本の人に見てもらうなら、オリジナルな
作品を見てもらいたいですね。
作り手の精神が死んでいる物語は、表現者の肉体を蝕んでいくのです。
教えなかった責任より、習わなかった無勉強を恐れたいものです。
みんなすっかりわすれていませんか?死んだら終わり。
そう思うと、作品に精神は叩きつけておきたいなぁ・・・クリエイターなら。
つづく