「蜃気楼」


飴が止んでいたので、その隙に帰ろうと思った。

傘をささないで雨上がりの夜道を歩いて帰るのがすきだ。

僕はいつもの大きな車道をいつかの井の頭通りに見立てながら、いつかの彼女を

思い出していた。


人は欲に狂う。

それを知らずして、分かっていた彼女だった。

いつかはなんとかなると、僕を信じて、ずっと耐えていた彼女。

僕が人を信用するのは分かっていた。

それでこれまで騙されたり、嵌められて誤認逮捕されたりしていることも知っていた。

それでもこれが最後だと、自分のなけなしのお金で、僕を助けてくれていた。


どうしようもないと分かったとき、彼女は悲しみと恐怖に打ちのめされた。

僕の絡まった無数の糸は、無理にでも引きちぎらないと、取れないと分かった時の、彼女の

無力感、そして憤り。

彼女の取った方法は、僕から離れることだった。

そして僕が打ちひしがれながらも、元いた場所に戻るのを臨んでいたのだ。

それでも糸は、僕を手繰り寄せようとする。

ほんの数ミリ、あいた穴からも、糸は僕を絡めることはできるのだ。

欲の生まれるところ、きりがない。


雨上がりの歩道で、僕はふと数ヶ月前のことを思い出していた。

分かっていれば、終わらずに済んだ関係だった、かもしれない。

誰もが人の親だったり、子だったりするだろう。絆、というものを考える時、引き離されなくては

ならなくなった二人の結果を思うとき、絡んだ糸は心を痛めなかったのだろうか?まだ次の

欲に絡まれて、僕を手繰り寄せようとしたのか?


もしあの時、僕を縛れる何かがもしあったら、ここにはいなかったと思う。

地下へ降りる階段を下りる。

すれ違う恋人たちが楽しそうに微笑んでいる。


手繰り寄せられる糸はこんな大切に思える同志の間でしか、あってはならないと思った。

それがそれぞれの人生において利用しあうことだったとしても。


つづく