「配線の仕方」


僕は韓国での企画を考え続けてきた。これまで6本、短編映画を監督し、日本では紀行ドラマというものを

3本監督と、撮影をした。有名な俳優さんに出演してもらった。それと残念な形に終わった日本デビュー作品。これが僕のこの10年。

これまで、たくさん勉強した。人生勉強、映画の勉強、芸術について。そして今の日本とアジアのエンターテイメント。それがようやくここにきて、実を結ぼうとしている。と、思う。あえて高いハードルを狙って、韓国に来たわけではないはずだ。カンヌ映画祭が目標。アーティスト、映像作家として、他の国の芸術家と作品を並べてみたいと思ったら、この国でするのがいいと感じたからだった。


作品は身体から、搾り出すようにして出す。その作品の切り口からは、血が吹き出るはず、(これは僕の小説デビュー作スクラッチオヴザサンで返編集者の井口さんが考えてくれた帯文だ)そうして僕の作品は生み出されている。

ただこれからがいつも問題なのだ。

配線、つまり日本と韓国の温度を平行に保つことがよりよい進展を図る。この配線はなかなかうまくいかない。

ましてや今の日本では、大きな会社だろうとインディな事務所であろうと困難ではある。なぜなら、気構えが

違うからだ。作品を世の中に出してやろうという志が、スタッフからもにじみ出てくる韓国側と、最初から俳優

ありきの商品、ブランドとしてしか見ることのない日本側とでは配線が合うわけがない。

だから僕は、日本式でという条件で、今ここにいる。それまでもかなり酷い話はある。僕が一人でこちらに

いるだけだから、日本ではどうとでもいえる。

「その会社は、今は有名なドラマを作っていないから駄目だ」

「俳優がいまいち」

「韓国がお金くれるなら、考えてもいい」

「韓国映画も、ドラマも下火だ。今は中国ドラマだ」

最近もせっかく知り合った会社を、

「有名な人なのに、なぜ韓流スターを使えない?」という理由で、僕はそこから退散しろと命じられた。

連絡すると僕がなんとか考えて進展させようとするから、駄目だ。温情や友情は、作品ができてからでも

いいだろう、と言われた。今は早く1本つくることだと。

僕は切なくなりながらも、その言葉に従った。作品が全て。

今の僕にはそれしか言えない。


だからこその配線である。

今度は韓国は確実に日本式で、俳優を決め、それに順ずるアイテムもそろえた。

これを日本式に展開してもらうだけだ。もうここまでくれば、あとは決定力を持つ人物の得点力。

ここで気をつけないとならないのは、その人物が独自な、膨らみをさらに要求してくることだ。

気がつけば、こちらが全てやりくりさせられてしまう。


赤松は作りたいから、なんでも言うことを聞くだろう、と思われる。

クリエイターが作品を作りたいのは当たり前だろう。それを利用して、得しようというのは、どれだけ心が

汚いのか?と思ってしまう。

日本の僕が知っていた芸能界の古き人たちは、決してこんなことは考えてはいなかったが。よし、面白い

ものならやらしてやる。成功して、みんなで笑おうぜ、みたいな人がいた。確実に。

今回は僕は楽しみだ。これは間違いなく、日本のやり方で、俳優もそこそこ予算の規模にしては、有名だし、

内容も斬新だ。同じものを日本に置き換えたら、多分通るだろう。経験でいえば。

しかし、と思う。

何が起きるか分からない。だが、何が起きようとも、もう韓国の会社やYさん、Kさん、Sさんとは、真摯に仕事は

していきたいと思う。


答えの第1歩は、2010年ゴールデンウィーク明けに出る。


つづく