はい?
一体何が起きているのだろう。
僕はキムさんと待ち合わせ場所を決めた。十五分後、キムさんは待ち合わせ場所に
やってきた。そして近くの喫茶店に入った。
「何で僕が探されているの。話は解決したんじゃないの」
「そうなんですけどね」
と、キムさんは口が重い。
するとそこへなぜ居場所が分かったのか、Zさんが現れた。
「裕介さん、任意出頭したほうがいいよ」
僕はキムさんを見た。
彼は顔を上げなかった。
「そうですか」と、僕。
席を立つと、僕はZさんについて店を出た。キムさんは席に座ったままだった。
彼はそこを立つつもりは無かったようだ。僕は振り返らなかった。
大きな通りから僕とZさんはタクシーを拾った。聞きなれない土地の名をZさんは告げた。
僕は華やかなネオンが瞬き始めた街を眺めながら、なぜか日本での最後の仕事を思い
出していた。
・・・仲間。絆。
2001年。沖縄。
「故郷」が終わってすぐ、僕は渋谷の喫茶店で昔の知り合いに出くわした。僕が
堀辺プロダクションにお世話になっていた頃、吉川〇司さんの班にいた人だ。
今では独立されて、何人かのタレントを抱えて、プロダクション業務をしている。
その女性があるプロデューサーを紹介してくれた。その人は、僕の作ったシネマクリップ
に興味があって、自分の所の俳優を使って、その手法で物語を作ってくれないかと誘われた
。ロケ地は沖縄。僕は快諾した。
「PS・・・」というタイトルの、シノプシスを考えた。それは一通の手紙から始まる、
自分探しの旅の話。主人公の話と、その主人公の心の中の少女の話が交錯する
という、かなり映像主体な幻想的な話だった。制作会社、そして俳優も決まった。
そこで打ち合わせを何度か重ね、いつものようにロケーションハンティング無し、
その度毎にシチュエーションを考えて、撮影を繰り返していく。二人の女優を従えて、
今回も少人数での撮影。撮影期間は二週間。僕はいつものように、演出、撮影、
物語を兼ねた。
沖縄についた日の夜。僕たちが泊まったホテルでおかしな体験をした。制作進行の高木さん
がホテルの部屋割りをしていた。ここは俳優さんの部屋、メイクさんの部屋、というふうに。
「監督はここで」
と、高木さんが部屋のドアを開けた。
そこは二部屋が縦続きに繋がった、細長い部屋で奥がベッドルームだった。
そのベッドの脇に、男の人が立っていた。背広姿の男で、首から上がなんか、
無いんですけど・・・。僕はアシスタントディレクターの平澤君を呼んで、
君がここでいいから、と言った。彼は、いいんですかぁ、と呑気な声を張り上げて、
荷物を運び込んだ。まぁ、翌日、平澤君が、昨日は爆睡でしたよ、と言っていたので
良かったのだろう。しかし、僕は時々そういうものが見える時がある。シンガポールで
兵隊がたくさんいて、僕に敬礼する。よく考えたらここはホテルの五階でした、みたいなとか
。タイではオレンジの光がたくさん並んで飛んでいたり、とか。時々、なんかそんなことがある。
撮影は沖縄の国際通りからスタートした。僕たちはまだ新人の女優陣のテンションを上げ
ようと、金髪に染めたりしていた。彼女たちは全くノーリアクションだったが、僕たちの気合
は高まった。次第に撮影もなれ初めて、制作進行の高木さんや、平澤君たちは打ち解けていき、みんなで時間を見つけて、泳いだりした。
「いやぁ、自分が日頃やっている仕事ではこんなのびのびとできないですよ」
と、高木さんは笑った。
僕もこんなに何も考えない時間がある撮影なんて、無いですよと思った。「故郷」の時
はとかく時間が無かった。次から次へ撮影場所を移動し続けた。そこで起きる出来事を
紡いでいくという作業に専念したとも言える。しかし今回はある程度スケジュールに余裕
があり、移動距離も短い。僕らはなんだか仲間と旅行している気がしてきた。竹富島で
プロデューサーやスタッフと雑魚寝したり、月明かりだけの道を歩いて食事しに行ったり
、これまで経験したことのない、仲間を意識する撮影となった。
困ったことはみんなで助け合い、協力しあい、旅の合間にはふざけあい、
一つのものを分け合ったりした。女優は塩〇みさこさんと、〇井美優ちゃんだった
。美優ちゃんはその時まだ中学生で、僕たちは彼女の行動や言動が可愛らしくて、
ただのおっさんと化していた。
物語の盛り上がりは竹富島で撮影した。
美しい夜空と、砂浜、どこにカメラを向けても絵になった。
月明かりが照らす砂浜を、僕はアシスタントディレクターの平澤くんと歩いていた。
彼はそれまで僕の家があった久我山のレンタルビデオ店でバイトをしていた、ただの
学生だった。僕が毎日のようにその店に通ううちに、親しくなった。彼は毎日のこの
仕事がつまらないと言った。でも楽しい仕事なんてないですよね。と、皮肉な笑みを見せたりした。
彼は自分でバンドを組んで、歌ったりもしていた。表現する場所を失い、
ただ毎日の労働だけに時間をすり減らしていく事が耐えられないようだった。
僕は窮屈な彼の気持ちをどうにかしてあげられないかと考えた。他人に干渉するな、
とは誰もが言う事だろうが、僕は彼が切り取られた都会の空を探すように眺めている姿
を見て、心を決めた。彼を、アシスタントディレクターにしてみよう。もちろん無謀だったが、
高木さんもいるし、人数は少ないからなんとかみんなで賄えば、機能はするだろう。
その判断は今でも間違ってはいないと思う。
最初は恐がっていた平澤くんも、次第に惹かれ始めた。なんとなくだが、コツを覚えたのか、
自分で行動するようになっていった。カメラの横に立って、僕の撮影する映像をじっと
見詰めていた。
「何もできてなくてすいません」
彼は謝った。
「でも、来て良かったです」
見渡すと果ての無い空が広がっていた。いつか今井〇樹さんの仕事でロンドンに
行った時に見た夜の青空に似ていた。
「良かったな」と、僕。
「なんかこんな機会でももらわないと、こんな場所へは来れなかったですね」
「何か自分で思いついた事とかある」
平澤君はしばらく考えていたが、やがてこう言った。
「もっと大切に生きていこうと思いましたね。今までなんかダラダラと、
流されてあてなく生きてきましたが、もっと頑張って生きようかな、なんて」
僕は平澤君が今までダラダラと生きてきたようには見えなかったが、
彼には何か思う事があったのだろう。
「考えるきっかけを与えてもらえてうれしかったです」
僕らは軽い酔いもあって、握手を交わした。いつものふざけてばかりの
僕たちならばありえない事だった。
「僕は何があってもずっと赤松さんの味方ですから」
と、平澤君は笑った。
その後、彼はレンタルビデオ屋の仕事をやめて、実家の仕事を継いだと聞いた。
続く