おばさんがあきれたように言った。
「中村君はあんなに活躍して、お前はなんか訳の分からないことして」
家の親戚は中村君が好きだった。昔は電話に中村君が出ると、楽しそうに話していた。僕はありがたかったけれど。
「これからどうするんだ」
「何か」
「まだ訳の分からない事を続けるのか」
「やるよ、僕は」
周りは仕方ない、という表情をしたがどうしようもないな、と思ったのだろう。それ以上は何も言わなかった。喫茶店を出て、僕は一人で見慣れぬ街を彷徨った。
手には古ぼけた一冊の通帳。
その中には祖父が僕のために毎月仕送りをしてくれていた記録が残っている。
これは彼が働いて送ってくれたものもあれば、借金してまで送ってくれた金もあった。その通帳を握り締めながら、
僕は疲れるまで歩いた。
思い出すのは、祖父が足を引きずりながら、夕暮れの坂道を仕事に出かけるために歩いて行く姿だった。
家族というものに希薄な僕が、唯一このとき家族について考えた瞬間だった。
「ねぇ、どこに行くの」
振り向くと、いつの間にかミカハちゃんがついてきていた。
「吉祥寺行くの」
「いや、ただなんとなく」
ミカハちゃんは僕の横に立って、寄り添うように歩いた。
行き過ぎる車のヘッドライトが僕らの影を歪めていく。
すれ違う人はみんな幸せに見え、僕は過去に縛られていた。楽しかったあの時代。
あの頃は良かったよな。またいつかあんなことできたらいいよな・・・。
「僕がさ、また香港に行くっていったらどうする」
不意に言われたミカハちゃんは、冗談だと思ったのだろう、笑った。
「なんで?全然うまくいってるのに。また勉強したいの?」
「いや・・・うん」
その煮え切らない態度に彼女は、僕が本気に考えているのだと分かったようだった。
「嫌だよ、そんなの」
「うん・・・分かってる」
「私はどうしたらいいの?」
そんな事はないよ。僕は本当に自分が寂しいだけだった。
いろんな過去が浮かんでは消えていく。楽しかった過去にすがるのは嫌だった。
しかし浮かんでくるのは、楽しい過去の亡霊だった。
「僕はなんで映画なんか学んだんだろうか」
「自分を残したいって思ったんでしょう」
確かにみんなそういうよね、それは分かってるんだ。そうじゃないんだ。
「世界は広い、でもひとつってさ」
なんかそんな言葉が浮かんだ。僕はミカハちゃんがなんていうか、そっと顔を見た。彼女は不服そうな顔をしている。また始まった、そんな表情。そして静かに泣き出した。
「ついていけない」
と、ミカハちゃんは言った。
「私は裕介と一緒の夢を見たいだけ」
「僕も」
「じゃあここで、日本で充分じゃない」
僕は答えなかった。
吉祥寺まで歩いてきてしまった僕たちは、行きつけのお店に入った。
ミカハちゃんのお気に入りのスパゲティの店。
その薄暗い店の中で流れていたのが、
ZARDさんの「OH。MY。LOVE」。ミカハちゃんが好きだった曲。
彼女はその曲に気が付いた瞬間、少し手を止めた。
「私は、」
といいかけて、彼女は黙った。
その言葉の続きを僕は聞かなかった。聞けなかったのかも知れない。
続く