その日の夜、僕はヤンさんに電話してみた。

「裕介がいないから事件が起きない」

受話器から笑い声が聞こえた。

普通は事件なんて起きないんだけど。なんか僕が災いを振りまいているみたいな

言い方やめてよ。

「韓国で何か仕事になりそうですか」

「分からないけど、なんか人がすごいおおらかだね」

「気が合いそうで、よかったです」

本気かな。

「そっちはどうですか?何かありましたか」

ヤンさんは今は企画を見てもらっているだけで、何が動いているという話はない、と話した。それから少し間を空けて、こんな話をした。

「私、結婚します」

良かったじゃない、というと、ヤンさんは嬉しそうに笑った。今は彼とデートしていて、これから食事に行くと言った。そしてもし、こちらに戻ってくる予定があったら、また一緒に仕事をしましょう。

なんだか僕はさらに独りだという気持ちに、また襲われた。

ホテルの薄暗い部屋で、言葉の分からないテレビをぼんやり見ながら、知らないうちに眠りにつく日々・・・。映画監督になる。その夢がこんなに孤独に

苦しむものだなんて分からなかった。目を閉じても浮かんでくるのは、母の居た

あの草原と、泣いているミカハちゃんの姿。そして、暗闇を一人であてなく歩く自分の姿だった。仄かに見える小さな明かりは、僕が投影しただけの、ただの希望の光なのか。

「裕介さん、できる?」

キムさんは興奮しながら僕に言った。

あのおばさんがどうも僕の考えた企画をどこかで決めてくれたようだった。

「ある薬剤師の思い出」というタイトル。小さな場末の漢方薬剤の店で働く女の子の

元に、親しかった老人から手紙が届く。彼は長く病に伏せていて、自分がもうこの世に長くないことを悟る。そこで良くしてくれた彼女に、

最後のお願いをするのだ。「私の思い出を調合してもらえないだろうか」彼女は老人の思い出の場所へ赴き、様々な証言や、思い出の品を手に入れる。その老人の生き方を少しずつ理解し始めた彼女は、

死んだ老人に、彼が心残りだったことをつげに来る。

「・・・あの時、あの人はずっとあなたを愛していたのです」

それは彼が故郷へ残してきた、たった一人の母親が残していた言葉だった。

故郷を出てから、一度も顔を合わすことの無かった、大切な肉親。

その人の最後の言葉だった。

「ありがとう」といい、老人は息を引き取った。

・・・それから彼女は老人の遺灰を遺言通りに、高台の鉄塔の上から故郷の

方向へ向けて、撒くのだった。

僕のこの作品を撮る事になったらしく、さっそく俳優決めをする事になった。僕はキムさんと例のおばさんに呼ばれ、とあるプロダクションへ呼ばれた。そこは今では無くなってしまった

芸能プロダクションで、社長は昔、歌手だったらしい。僕がアクジョンドンのそこの会社の入ったビルに入っていくと、エレベーターの前でキムさんが興奮して口から泡を吹いていた。

「来た来た来た~」

「どうしたのさ」と、僕。

「いるよいるよ」と、キムさんは言いながら、僕の手を引き、事務所の中へ入っていく。手が湿っていて、気持ち悪い。

応接室の中に入っていくと、背広姿の男が三人、並んで座っていた。

奥におばさんがいて、僕を見るとにこやかに手を振った。僕は無視した。

背広の男は、僕に目の前に座るように言った。するとおばさんは

「今日はさっそくあなたに紹介したい俳優さんがいるから」

と説明した。

背広の男はどうやら社長と、本部長、マネージャーらしく、逆に僕を吟味しているようだった。しばらく僕たちは黙って部屋の中にいた。

「あ、来た」

と、社長がいきなり立った。あわてて外に出て行く。

おばさんが笑って、いい子よ。

何々?・・・誰かがこちらに向かってくる気配が見えた。部屋の中のみんな

が立ち上がった。僕もあわてて立ち上がる。

突然、綺麗な女性が部屋に入って来た。

彼女は自分から名前を名乗った。

「私の名前は、○・ドゥ○といいます」


続く