2004年。フランス。


僕はヤンさんの会社に出入りをしていた、イさんという韓国人の人から

面白い仕事をもらった。

それは韓国のとある芸能プロダクションから依頼されたもので、

カンヌ映画祭の取材を若い女の子レポーターとするものだった。

「変わった人がいいんですが・・・」とのリクエストで、なぜか僕のところに

振られたのだった。もちろん行きますよ、と答えた。韓国のタレントも見たかったし。

かくして僕は通訳のムンちゃんという完全学生丸出しの女の子を引き連れて、

フランスはコートダジュール沿いにあるカンヌまで、飛び立った。


「裕介さん、韓国語できますか」と飛行機の中でムンちゃんが話しかけてきた。

な、訳ないでしょ、それなら君は必要ないんだから、と答えると、

彼女は何がおかしかったのかゲラゲラ笑った。

仲良くなったと思った僕が「ムンちゃんは彼氏いないの」と、聞くと、

「スケベ」と怒ってしまった。

あれ、これは駄目なのか。

そのくせ、といっていいのかムンちゃんはなにかと僕の世話をすごく

ちゃんとしてくれた。ていうか一人でできますよ、ということまでやってくれる。

介護された気になった。通訳で雇われただけの人なのに・・・。

僕が飛行機が恐いというと、手を握ってくれたりして。勘違いする人もいますよ、たぶんに。

そして彼女はいつか自分は日本のエンターテイメントに携わる仕事をしたいと言った。

僕はその彼女の夢を応援したいと思ったが、日本という響きにどこか異国に似た

語感を持つようになっていた。

カンヌでレポーター、カメラマンなどのスタッフと合流した僕は

簡単な打ち合わせを済ませて、さっそく取材対象となる作品の上映会場を見に行った。

僕にとって初めての韓国映画だった。

作品は「オールドボーイ」

原作は日本の漫画だという。僕はそれを聞いた時点で、少しげんなりした。

原作ものを悪く思いはしないが、原作を超えられるものは、そうないからだ。

ただ、監督がパクチャヌクと聞いて、なんか予想と違いそうだとは思った。

以前、ツインピークスに嵌まり、その監督の個展があるというから見に行った。

そこで飾られていた絵がすごく面白かった。描かれた女の口にガラスケースが

はめられてあった。そのケースの中には女の唇に見立てたローストビーフが入っていて、

ハエが集っていた。この監督はただ事ではない、そう考えた僕は、

本人に話を聞いてみようと考えた。その個展に顔を出していた本人、

デビットリンチ監督に、僕は無謀にも「映画では描ききれない事を、絵にするのですか」

と聞いた。すると彼は笑いながら、これも映画だよ、と言った。

僕はパクチャヌクという監督に、あの女の絵に似た印象を持っていた。

もう一枚、裏に何か人間の重たい何かが挟まれている、みたいな・・・。

僕は撮影当日、パクチャヌク監督や、チェン・ミンシク、カン・へジョン、

ユ・ジテが並んで歩く様を収めた。だが、僕はその一方で、

ウォンカーウァイ監督の「2046」が気になっていた。僕が映画を作りたいと

本気で思ったのは、彼の「恋する惑星」「天使の涙」を見たからだ。これからは

映像で書くんだ、と強く感じた。撮影が終わると、

僕は時間をもらい、「2046」の上映会場を訪れた。もしかしたら、

見れるかも知れないからだ。まぁ、結果見ることは出来なかった。

これがもしかしたら、僕の今後の行き先を決めた瞬間なのかもしれなかった。

「オールドボーイ」はそれくらい、その当時の僕に印象を残した。ただ大作というわけ

ではなく、作品に込められた思いや、メッセージが、僕の気持ちを熱くしたのだ。

隣で見ていたムンちゃんが、これが韓国映画です、と言った。

僕はなんか誇らしげな彼女を羨ましく感じた。

「裕介さん、あなたは韓国に来て映画を作ったらいかがですか」

ん、待てよ。何だ、その誘いは・・・。

ムンちゃんは僕を真剣に見詰めて、何度も訴えた。

あなたは韓国で映画を作るべきです。

僕の心は揺らいでいた。韓国で映画・・・。しかも「オールドボーイ」

を見せられた後で。ハングル文字に、エステ、そして焼肉。韓国美人・・・。なるほど。

僕はその時側にいた韓国のスタッフに、韓国は住みやすいかと聞いた。

彼らはみんな揃って、韓国が大好きだ、と言った。

「ほら、裕介さん。行くんですか」

なんか口説かれているような気が・・・。なんか変な形の船で行かないよな・・・。

僕の気持ちはこの時はまだ、香港で映画を作りたいという気持ちがあった。

返答は避けて、ただありがとうと言った。

・・・しかし、よく考えてみると、僕に韓国行きを勧めているムンちゃんは、

実は今は北京の大学生なのであった。