偽名ではない人も出てきますが、誹謗中傷はもちろんありません。



2週間後、僕はバッグひとつで飛行機に乗ろうとしていた。空港に

着いたら、誰にも知らせていなかったはずなのに、出国ロビーには、ヤンさんと僕の短編映画の生き残りスタッフが見送りというか、引止めに来ていた。

彼らは、また戻ってくるだろう?と聞いた。僕は曖昧に答えた。

・・・そうだねまた企画を立てなきゃね・・・。ヤンさんは来週には

新しい投資家と話をすると言った。すぐにまた再開できるから、早く戻ってきてほしいと。僕は笑ってみたが、中山君と約束したような笑顔を見せる事はできなかった。ただ歯を

むき出しにして見せただけだった。

飛行機はタイ、バンコックを目指して飛び立つ。僕の悲惨極まりないデビュー映画の

ロケ地である。何も好んで嫌な思い出のある場所へ行かなくても・・・。

2003年タイ・チェンマイ。

タイ・チェンマイから車で3時間ほど走った山間の集落に、なぜか僕はいた。首に銀の輪を巻いた部族を見に来ていた。観光客

気分で見てはいたのだが、その中の一人の少女を見ているうちに、悲しくなってきてしまった。ただじっと山間の木々を眺めている。

少女はただじっとそれを眺めているだけなのに、いつかのミカハちゃんみたいに思えてきた。香港に行く僕を部屋の

窓から見詰めている彼女。手を振って笑ってはいるけど、どこか遠くを見詰めているような・・・。そんなミカハちゃんの表情

と部族の少女が重なり、僕はここまで来て、何を思い出しているのだ

ろうと、落ち込んだ。忘れられない。忘れようとしても。たくさんの

失敗をした。

悲しい思いや辛い思い裏切った事や欺いた事もあったんだろう。

でも幸せになろうとした。精一杯に彼女を守り、大切にしようとしたんだ。

部族の少女がこちらに近づいて来る。手には小さな花を持っていた。紫の

アサガオのような花だった。その花を少女はそっと手渡した。笑顔で。

ミカハちゃんには全く似ていない笑顔だった。この花は・・・。と、少女が呟いた。きっと、綺麗な花言葉でも言うのかな、と泣く準備はで

きていた。



夜尿症が治ります。

 ・・年寄りか、僕は。

そこから再びバンコックに戻った僕は、タイにある映像制作会社APSの面高さんという人と会っていた。昔、日本に居た時に、シネマクリップというネーミングのアドリブドラマと紀行番組を併せた

ような企画を何本かやったことがあり、その中に「故郷」というタイトルのものがあった。中嶋朋子さん、野波真帆さん、遊井亮子

さん、三輪ひとみさん、桃生亜希子さんが出てくれた、3姉妹が心の故郷を探すという内容で、京都、ベトナム、タイをロケで回った。その海外ロケのコーディネートをしてくれたのが、この面高さんだった。もうかなりの御年なのだが、誰よりも元気で活発だった。まだ撮影に不慣れだった僕にとても親切に、昔話を交えながら、撮影手法を手解きしてくれた。その面高さんといれば、悲しくないと思った。僕はしばらく会社で待っていた。会議室のような部

屋の壁一面にたくさんの写真が貼られてあった。これらはいろんな映画や

テレビの俳優、スタッフたちと撮影したいわゆる記念の集合写真だ。ここに貼られている

どれもが、面高さんが関わった撮影現場、ということになる。僕はその写真の一枚一枚をゆっくりと見ていく。その

中に、僕の「故郷」の写真を見つけた時はうれしかった。ベトナムのハロ

ン湾で、小舟に乗って、野波真帆さんを撮っている、若干若い僕。その横に貼られていたのは、「故郷」のスタッフが全員写っている一枚。つい最近なはずなのに、なんだか懐かしい。どの顔も一緒に3ヶ月旅を続けた仲間たちだ。

「赤松くん」

面高さんは自分のデスクから僕を呼んだ。それから今日食べたいものは何か?

と聞いてきた。僕はタイに来るといつも食べるラーメンがあり、それがいいと言った。面高さんは、あいかわらず安上がりだ、と笑った。それから彼が連れて行ってくれたのは、大きな川沿いにある、シーフードレストランだった。そこで面高さんは食べられる食べれないは別

としていろいろな料理を注文してくれた。目の前に並んだ綺麗な彩の食べ物たち。

食べなければ、元気がでないよ。面高さんは笑って食事を勧めた。

僕は面高さんの昔話に聞き入った。京都でのハイカラな不良時代の話。命の

尊さを知った戦争の話。アメリカにいる息子さんの話。タイの人との交流の話。

その話の中で僕は一つのエピソードに興味を持った。

アンコールワットにすごく大きな樹がある。樹齢何百年だか分からないほどの

大きな樹。その樹のどこかに小さな穴が開いている。そこに口をつけて忘れたい

事や秘密を吹き込むと、樹がその思いを吸い取り、忘れさせてくれる。後にウォンカーウァイ監督のin the Mood for Love 花様年華で出てくるエピソードである。僕はこれだ、と思い立ち、翌日面高さんに出かけてくるといい、さっそくアンコールワットへ出かけて行った。


続く