それがいい。 | 平安寺ゆうすけのブログ

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日々日常の戯言をひとつ。

昨日はPay money To my Painのアコースティックライブでした。

今日はCOUCH。

こんなラインナップ、他のアコースティック箱にある?笑

今月はお笑いのネタライブもあったし、少しずつ目指している「おもちゃ箱」のようなハコに近づいて来てるかな?

再来月はお芝居の公演もある。ポップスからロックからジャズからDJイベントまで。

もっともっと色んな人が集まる面白いハコにしたい。



で、昨日は本当に嬉しかった。PTPがgee-ge.でライブをやってくれてることが。

楽しかったから結局深い時間までPTPのカンザと話した。

久々だったな。ゆっくり話が出来たのは。

なんか色々考えさせられたけど、今日朝起きたら凄く気分は良かった。

何度考えても今の俺に解らない事は解らないし。

いつか解る時が来るのかも定かじゃないけど、考える事を辞めたら解る日はきっと来ないわけで。

アインシュタインが言ったんだって。

「人間は子供から大人になるにつれて天才から凡人へと変わってく」って。

昔からその言葉が結構頭に残ってて、好きな言葉なんだけど、今は少し違うかな。

思春期の頃くだらないコンプレックスやプライドにこだわって世界を狭くしてたように、今考えればバカバカしい事もその時の俺にはどう考えても今のようには答えは出せなかった。

あの時代が天才で今が凡人と言うなら、別に俺はあの天才の頃に戻りたいとは思わないし。

事実、思春期の頃嫌だった事が今は嫌じゃなくて、あの頃許せなかった事が許せる自分が楽なんだし。

そら確かに、あの頃にはなかった悩みや、今だからある苛立や苦しみもある。

そのへんまとめて考えても、俺はあの頃に戻りたいとは思わないな。笑

ま、それぞれ人にもよるのかな、、。

皆言うよね、今の考えや知識を持ったままならあの頃に戻りたいって。

そりゃそうだよね。笑

それが一番だ。笑

別に凡人が悪いだなんてアインシュタインは言ってないんだと思う。

天才のまま生きる事が全てだとも言ってないと思う。

事実、悪い意味で「凡人」とか、そう言われても仕方ない人が多いんだとも思うし。

俺ももしかしたらそうかもしれない。

でも、今後も沢山考え、人を傷つけて、人に傷つけられて、そんな中から自分なりの答えをだして、まず自分を愛し、愛する人も愛す。

失いたくないものを守ろうと努力する。

それを遠回りしながらでも、できるんなら凡人でも変人でもなんでもいいや。

俺という人間は先にも後にもいない訳で。

そもそも全く同じ人間なんて二人といないんだから。

一生懸命勉強して良い大学入って、就職して、結婚して、家族ができて、その家族にまた家族が出来て、働く事を辞めて、眠りにつく。

勉強も嫌い、スポーツも嫌い、ただ、自分の好きな事だけには妥協もせず一生懸命頑張って人生を送る。

何もしない、何も出来ない、誰も愛せなければ愛されない。家族も必要とせず、友も仲間も愛する人も必要とせず、どこかでひっそり一人でノタレ死ぬ。

どれもこれもいいんじゃない。

そいつがどれを選択するかだもんね。

美学も人それぞれ違う訳だし。

だれかが都合のいいように決めた、一般的とか、常識とか、結局誰かの利害の問題ですよ。きっと。

そうあるべき、そうあってもらえるとこっち(国とか親とか社会とか)は楽。

みたいなもんなんじゃないかな。

そう考えてたら楽になった。笑

もちろんこれも俺が考えた「今の俺」に都合の良いオハナシ。

でも、それでいいや。つか、それがいいや。

そう素直に思えました。

だって、これからも俺は生きて行く訳ですから。

どうせなら粋に生きたい。