昨日、船橋オートレース場の最後のレースが開催されました。
船橋はオートレース発祥の地。
歴史が一番あるレース場でした。
私が埼玉に住んでいた頃は、記念レースがあると、武蔵野線に乗って出掛けました。
隣にザウスがあり、スキー客も沢山いました。
私の時代は、船橋といえば飯塚将光。
そして片平、島田。
船橋最強軍団は、それはそれは強かった。
選手権など特別レースの優勝戦には、必ず船橋所属の誰かが乗っており、ひどい時にはほとんど船橋勢ということもありました。
予想屋も、ミスター船橋や赤シャツなど、個性が強い人が多かった。
川口の福ちゃんみたいな理論派ではないが、熱い予想をしていました。
島田信広が全盛の頃、一般戦の予想で、「このレースは、島田が途中でションベンしても間に合っちゃうよ。頭鉄板。」の口上には笑った記憶があります。
梅内選手が市会議員になって、存続に全力を尽くしていましたが、残念でなりません。
亡き片平さんも悲しんでいるでしょう。
あの高速バンクでの数々の名勝負、良さんは忘れません。
淋しいです。
それでは、良さんでした。