近年、敗戦を迎えない日本を描いた漫画や
それを反とし立ち向かう映画が目立つようになってきた。

かわぐちかいじのジパング、沈黙の艦隊や。
近日上映されたローレライだ。

一体彼らは何を思いこれらの作品を描いたのか。

「敗戦国日本」

第二次世界大戦後の秩序が今でも行き続けているなら
日本は未だにこの立場だろう。

しかし、戦後60年である、高度経済成長を糧に
明治維新の近代成長後、初めての急成長だ。

それは今日も続き、これからも続いていくだろう。

ただ、歴史としての敗戦は今も残り、忘れてはいけないと思う。
そう思う中でこれらの作品は、個人的に

魅了されながらも、拒絶する私の心がある。

敗戦を親としない日本とは。

核兵器を持った日本が誕生したら。

しかし、日本にこれららおこがましく、無用なものだと思う。
アメリカでさえ、恒久的な平和をと願い第二次世界大戦に突入しながらも

その戦火は世界中に広めた。

ロシアや中国の存在があったにせよ、二次大戦後のアメリカの大失態ではないのだろうか。

平和とは武力で勝ち取るものなのだろうか。
日本は大東亜戦争でそれを実行した。
されど、アメリカの牙が日本に向けられた。

結果、対話のみでしか平和は確立されないということだと思う。
武力開放、世界平和。
言葉は簡単だが実行するには困難なことだ。

人間ほど利己的な動物は少ない。
しかし、貪欲なものも少ない。

我々は地球の民だという概念をこれから世界中で叫ばなければならないようだ。