お疲れ様です。
昨日のブログで源義経と家来の関係性についてお話しました。
今日は義経の家来の何が凄かったのかお伝えしたいと思います。
昨日のブログをご覧いただけていない方は下記からご覧ください。
今回の内容については複数回に分けてお伝えしたいと思います。
今日は簡単にではありますが、
義経の生い立ちをお話したいと思います。
源義経は生後間もなく、
平治の乱にて父・源義朝と死別します。
源頼朝を含めた兄弟達とも、
別々に暮らしていました。
特に義経は幼少期は平清盛の元で暮らしたと言われています。
義経は6歳のころから鞍馬寺に預けられ、
僧として様々な修行をしますが...
ふとしたことをきっかけに、
自分が源氏の血筋であることを知り、鞍馬寺を飛び出します。
その頃の義経の記録はあまり残ってないんですよね。
ただ、全国各地を放浪しながら
様々な人物と出会っていたのだと思います。
義経の家来で最も有名なのが、
武蔵坊弁慶です。
京都の五条大橋で、
999本の刀を奪い取っていた弁慶。
丁度、1000本目が義経でした。
弁慶は義経から刀を奪い取ろうとしますが、
義経の身軽な動きに薙刀をかわされてしまいます。
挙句の果てに義経に敗れてしまいます。
まぁこの話しについては様々な諸説がありますが...
こうして武蔵坊弁慶に勝った義経は
弁慶からの懇願もあり、正式に弁慶を自身の家来にします。
弁慶が何人目の家来かも
諸説あるので何とも言えないんですが...💦
では、どうして弁慶は義経の家来になろうとしたのでしょうか?
それは...
明日、また続きをお話したいと思います!!
今日はこの辺にします。
ありがとうございました。