流線形のEF58が主要幹線の旅客列車牽引の主力として使用されていたのは、1950年代~1970年代だったと思います。手持ち写真で東海道本線を走行していたEF58の姿を年代順に並べてみました。

 

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上り特急「はと」を牽引 (1959年1月 京都駅)         
青大将と呼ばれた淡緑色を纏って、同色に塗られた一等展望車を連結したスハ44系客車を牽引していた頃の姿で、この塗装は東海道本線の全線電化が完成した1956年から採用されたものです。スハ44系客車の「つばめ」・「はと」が151系電車に置き換えられた1960年からブドウ色2号に戻されました。この写真は、まだ小学生で父に連れられて京都駅に特急列車を見に行った際に、父が撮影していました。当時は正方形の写真が撮れる6×6中版カメラでの撮影で、ネガも残っていないのでアルバムの印画紙をデジカメで再撮影してからトリミングしています。


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寝台特急色塗装 EF58 119[東] (1962年頃 品鶴線多摩川橋梁)

1960年に20系寝台列車(ブルートレイン)に合わせて、寝台特急色(青色車体の裾をクリーム色)で塗装されています。20系客車の牽引時に山陽本線の難所である瀬野~八本松うを単機では登坂力不足し、補機の力を借りる必要があると共に20系客車の増結にも対応するため、1963年にEF60-500番台に変更されてしまいました。この時は、品鶴線(品川~鶴見)の多摩川橋梁を行く上りの回送旅客列車(一般形客車)を牽引している姿です。20系寝台特急を牽引する姿は、残念ながら見たことがありませんでした。
 

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下り急行列車を牽引するEF58 82 (1964年 高槻~摂津富田)

 

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下り客車列車牽引のEF58 76[米] (1964年3月 京都駅)

 

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上り旅客列車を牽引するEF58 1[浜] (1964年11月 京都駅)

特急色に塗り替えられなかったEF58はブドウ色2号のままで運用され、多数活躍していました。
 
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お召牽引機 EF58 61 (1964年 京都駅)
お召機の存在を知らず、変ったEF58だな~と思って撮影しましたが、露出不良で残念です。この時は一般客車牽引の下り普通列車だったように記憶しています。
 
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上り荷物列車牽引のEF58 127[宮] (1982年1月 大阪駅)
1965年以降は、旧型電気機関車ながら新型電気機関車の標準色の青色車体に前面下半分がクリーク色に塗装変更され、最後の活躍をしていました。なかでも荷物列車は、SGが付いたEF58の独断場でした。
 
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JR化前にブドウ色2号に戻されたEF58 150[宮] (1987年3月21日 大阪駅)

このEF58 150はJR西日本に移管され各種イベントで活躍して、現在も京都鉄道博物館で保存されています。流線形の優美な機関車は高速走行している姿が当たり前過ぎて、写真はこれだけしかありませんでした。