今年の1月から京田辺で坐禅会が開催されるようになった。


主催は朽木学道舎、滋賀県の山奥から老師が来られ本格的な坐禅を教えて下さる。


一休さんゆかりの地、京田辺にて、しかも普観寺にある厳粛で立派な御茶室をお借りしての坐禅。


京田辺でも自然が豊かに残る場所での坐禅。


澄んだ空気・野鳥の鳴き声・美しい庭・・・その中で静かに呼吸と親しみながら坐るひとときは、心身が現れ、洗われる。


情報が氾濫し、人間関係も複雑化している忙しすぎる現代において、こうしてただ坐り、ただ呼吸をし、自分自身・森羅万象と親しむ時間は本当にすばらしく尊く心地よい。


本当はもともと何の問題もない、安心できる自由で平和なすばらしい世界。


坐禅を通じて体験した確かな感覚


奥底から湧き上がる感謝、慈悲・・・本来誰にでも根底で流れ続けているだろうモノ


それが、さまざまな思いや価値観や意識によって感じにくくなってしまっているだけ


坊さんありゃ~


言葉にするとなんか固い感じになっちまいました~坊さん


でも実際はもっともっと柔らかくのびのびとしちょります。


なんたって言葉じゃない世界が禅です。




患者さんからの激励のおかげをいただきブログ再開チョキ


前々から大家さんの畑を貸してもらい細々と野菜を育てちょりました。そして最近貸農園を借りることに畑


12帖はあるだろう広い畑


鍬をスコップを担ぎたたずむ自分にロマンを感じながら、しかし実際の作業はめちゃくちゃ過酷叫び


近所の畑のオッチャンに「ぼちぼちやり~」といわれながらも黙々と畑と向き合う。


「イテっっ」痛・・・


マメがつぶれちょるがな~ガーン


この痛みにロマンを感じながら、軍手をしていなかったことを反省(笑)


村長の村ブログ


以前使っていた古畳をチェーンソーでカットしたものをウネ作りの前に埋める作業。肥料になるだろうと用意していたんだけど、この作業(チェーンソー作業もだけど)は本気でコタエタ叫び


インドを旅して見た光景「工夫が人力でひたすら工事をしている姿」を思い出しながら、詩人タゴールさんの言葉「農夫は固い土地を耕し、道路人夫が石を砕いているところそこに神はいたまう。」を想いながら、ロマン満載な畑を満喫したのでありまする。


村長の農的暮らしのはじまり はじまり~バカボンのパパ




村長の村ブログ

先日、幼稚園ぶりに栗拾いをした。


落ちたクリの何とも言えないみずみずしい茶色の魅惑にはまり、無我夢中になってしまったヒット


画像に映ってる足は村長の妹姫で、イモクリ子おひなさま(姫)イモとクリに目がない疑


そして最近の日記も実はイモクリ子の仕業で少々文面が飛んでいました・・・


きっとイモとクリの食べ過ぎでしょう笑


何はともあれ無我夢中になれるのはすばらしい時間ですた。