yurumin's walk

yurumin's walk

娘と私の成長日記

娘は合理主義者です。

 

必要なことを必要なだけする。

無駄だと思ったらやらない。

 

これをやっていると、何が起きるか?

 

視野が狭くなる

 

必要か無駄か

何で判断するか

 

自分の知識や経験、周囲やネットで拾った声

 

それは、全てなのか?

 

知っていることがすべてだとすれば

その範囲で判断するしかない

 

知っている範囲が広ければ

それだけ最適解を得られる可能性が高くなるが

 

知っている範囲が狭い場合

 

その中のベストは必ずしも最適解とは言えないのではないか?

せいぜい

 

この中では比較的まし

な選択しかできないのではないか

 

知っている範囲の外に

自分にフィットするものが存在するかもしれないのに

 

それって

もったいなくないか?

 

だから私は

「とりあえずやってみたら」と言う。

 

やってみて、無駄だ嫌だと思えば一生触れなければよい

でも

やりもしないで、先入観やイメージだけで

切り捨てるの

もったいなくないか?

 

例えば

受験

 

自分が受験する=受かりそうな所はオープンキャンパスや下見に行くが、受かりそうにない(と思っている)大学には、一歩も足を踏み入れない

 

それは、確かにお金や時間を節約できるかもしれない。

ただ、自分が知らない世界を見て、損することはない。

命や健康に関わらないことであれば

 

だったら

「こんなのあるよ」とか「こういうの行ってみたら?」

と言われたら、とりあえずやってみたらいい。

 

リスクを取りたがらない(無駄なことをしたくない)思考的ミニマリストは、結果的にフットワーク軽く色々試した非合理主義より割食うと思う。

 

少なくとも、若いうちは。

 

年齢や経験を重ね、無駄をそぎ落とすのは良いと思う。

体力も気力も失っていくから、特定の分野にエネルギーを注いだ方が健康にも良いだろう。

 

でも、

田舎住まいで、知識も経験も人脈もない

狭い世界で

若くして合理主義になるのはもったいない。

 

若いからこそ、色々見て知って

選択肢をできるだけ多くしたほうが

後々、悔やむことはないんじゃないか。

 

 

娘は、心のよりどころとする

メンターを必要としません。

 

自分と関わる人や周囲の人

インフルエンサーやアイドルなど

他者の言動を見て

何らかの感想を持つことはありますが

あくまで客観的で

事象をただそのまま受け取るだけで

感心して、心酔するとか

好きになって追いかけることはないと言います。

 

でも

私は、娘が何らかのアーティストやインフルエンサーを「推している」と感じたことはあります。

 

すごく曲を聴いているとか

動画を見ているとか

その人の背景に詳しかったりとか

 

それで

「好きなの?」

と聞くと

「別に」

と言うのです。

 

そこまで調べるということは

好きだからではと思うのですが

本人は違うと。

 

様子を見ていると

 

その人から、取り入れることによって

自分が向上すると思われることは真似する

それは

自分が良くなることであって

 

相手のために課金してグッズを買うとかイベントに参加するとかには繋がらない。

 

染まらない。

 

だから

 

推さない。

 

良い部分だけ取り入れて自分の糧にする。

それが娘だと思います。

 

一方私は

 

「この人を見て、元気を出そう」とか

「やる気を出そう」という対象を見つけます。

 

他者の経験や言葉からインスピレーションを得て

感動する、触発され影響を受ける。

言動も寄ってくる。

つまり

洗脳されやすい

 

娘は

「自分第一原理主義者」なので

何を見ても、一定の距離感を保っている。

 

私は、染まり過ぎて

自分でも気持ち悪くなることがあるほどなので

 

娘が冷静であることに安心感を覚えます。

 

正反対の娘と私ですが

共通点があって

それは

「人と被るのが嫌」ということ。

 

私は、特定の人物を

他のフォロワーと一緒になって「応援(追っかけ)」しているから、人と被っているという矛盾はありますが

他のファンとは群れず、孤高のフォロワーという立ち位置でいることにより、「他とは違う」感を出しています。が、結局大勢の中のひとり。

 

 

娘は

「唯一無二になりたい」とよく言っていて

実際、友達と遊ぶときに服が被っただけでも

気分が下がるようで

その服は二度と着ない。また、

周囲の子が着ないようなブランドから服を探す

という徹底ぶり。

「双子コーデ」とか無理なタイプ。

 

結論

 

私は、孤高を気取るその他大勢(所詮信者)

娘は、真の唯一無二の高みを目指すハイスペ志向

 

私は、自分の向上心をうまくいかせず、こじらせてここまで来たので

娘の、流されず理想に向かって行動する姿は頼もしいと思います。

 

娘は本を読みません。

小学生では宮沢賢治とか高学年から中学校までは「5分後シリーズ」とか「余命シリーズ」とか。

今思うと、学校で読書の時間があったからでは。

高校になると、いよいよ読まなくなり

とは言え、定期的に読んだ本について記録して提出する機会はあり。

今や娘にとって「読書」と言えば

 

「ネタバレサイト」と「chat GPT」

 

ネタバレサイトで概要を把握しつつ

AIに感想文を書かせるスタイル。

 

ネタバレを見て

「面白そう」とか言うけど

読まない。

 

なぜ、娘は本を読まなくなったのか?

 

【娘の傾向】

・尊敬する人がいない

・自意識過剰気味

・自分の見聞きしたことや経験から学ぶ

 

娘は

尊敬する人がいない=ロールモデルを必要としていない

 

だから

他人が書いた本を読むわけもない。

 

私は全く逆で

こどもの頃から何かしら尊敬する人

憧れる人というのがいて

その人が出ているメディアをチェックする

本も買う

ポスターもあれば貼る

みたいな

 

娘からすると、私は

「推し活」をしているオタク気質があるそうです。

 

確かに

 

「これぞ」と思った人が現れると

しばらくしつこいくらいすべてを知ろうと調べまくる。

そこで、ある程度分かった気になると落ち着いて正気に戻るのですが、はまっている間は狂信的信者になっているので

その対象を娘にけなされると、逆上したり

冷めると、そのような批判も冷静に受け止められるようになるのですが。

 

そんな信者気質の私に対し

 

「ハイスペになりたい」と言う娘。

 

あくまで自分が主役です。

 

自分が一番大切で、一番投資したい対象。

 

だから

絶対ホストにはまらないと言っています。

 

他人のためにはお金を使いたくないという娘。

 

自分の生活第一。

 

誰かを見て学ぶ

ということはあると思うけど

だからと言って、その人が本を書いたら読むか?

 

そういう価値感だから

他人が書いた本に価値を感じないのかな?

 

自己投資、自己研鑽のための読書

というのは娘にはないようです。

 

ただ、古典や漢文はオチや教訓があって面白いと言っています。

そういう短い話がいっぱい掲載されているワーク、ないかな?と言っていました。

 

対して、現代文にはそういう要素がないから面白くないと。

 

とは言え

あくまで、テスト対策。(本ではなくワークが欲しい)

読書がしたい訳ではないようです。

 

娘の価値観は

役に立つかどうか(実利、即効性)

が第一のようなので

 

「じわじわ後から効いてくる」=時間がかかる

読書には魅力を感じないのかもしれません。

 

かと言って、ハウツー本を読むかというと

そういうのも読まない。

 

日々、自分の事ですることがいっぱいだから

読まないのかもしれません。

 

めちゃくちゃ暇で他にやることもなくてiPadもスマホもなければいつかは読むかもしれません。