娘は合理主義者です。
必要なことを必要なだけする。
無駄だと思ったらやらない。
これをやっていると、何が起きるか?
視野が狭くなる
必要か無駄か
何で判断するか
自分の知識や経験、周囲やネットで拾った声
それは、全てなのか?
知っていることがすべてだとすれば
その範囲で判断するしかない
知っている範囲が広ければ
それだけ最適解を得られる可能性が高くなるが
知っている範囲が狭い場合
その中のベストは必ずしも最適解とは言えないのではないか?
せいぜい
この中では比較的まし
な選択しかできないのではないか
知っている範囲の外に
自分にフィットするものが存在するかもしれないのに
それって
もったいなくないか?
だから私は
「とりあえずやってみたら」と言う。
やってみて、無駄だ嫌だと思えば一生触れなければよい
でも
やりもしないで、先入観やイメージだけで
切り捨てるの
もったいなくないか?
例えば
受験
自分が受験する=受かりそうな所はオープンキャンパスや下見に行くが、受かりそうにない(と思っている)大学には、一歩も足を踏み入れない
それは、確かにお金や時間を節約できるかもしれない。
ただ、自分が知らない世界を見て、損することはない。
命や健康に関わらないことであれば
だったら
「こんなのあるよ」とか「こういうの行ってみたら?」
と言われたら、とりあえずやってみたらいい。
リスクを取りたがらない(無駄なことをしたくない)思考的ミニマリストは、結果的にフットワーク軽く色々試した非合理主義より割食うと思う。
少なくとも、若いうちは。
年齢や経験を重ね、無駄をそぎ落とすのは良いと思う。
体力も気力も失っていくから、特定の分野にエネルギーを注いだ方が健康にも良いだろう。
でも、
田舎住まいで、知識も経験も人脈もない
狭い世界で
若くして合理主義になるのはもったいない。
若いからこそ、色々見て知って
選択肢をできるだけ多くしたほうが
後々、悔やむことはないんじゃないか。