ゆるくらすひと。香織です。
〜8.8にMakana space ひととわを開業しました。不定期イベント開催。
大磯へ遊びに来てね♪〜
大磯へ引っ越して2ヶ月。
引越し疲れと夏バテと。
そして。
もう何年も前から一進一退を繰り返している手湿疹。
引越し準備から悪化してましたが、とうとう日常生活に支障をきたすレベルに達した。
未だ治らない手湿疹。
ずっと付き合い続けている手湿疹。
皮膚を脱ぎたいと思うほどの痒み。
痒い→掻く(本能)←掻いちゃダメ!(理性)
アクセルとブレーキを同時に踏むようだとは、このこと。
どっちも全力だから、痒みのあとの疲労感が半端ない。
なんでこんな状態にと激しく落ち込む。
痒くないときは前向き。
土曜日には江の水に行く家族と別行動で神ノ木クリニックへ行ってきた。
先生はとても親身になって話を聞いてくれ、
無意識の方の手はとても今綺麗だと話していた。
右手がひどいんだけど、右側は公の私。
長女のことを守っている部分もあるかも。と。
謙虚な心を持つこと。
家族の中で一番下になること。がいいと言われる。
偉そうに物を言い、痒みのピリピリとイライラも手伝ってつい口調もトゲトゲしてしまう。
ずっと自分がやってきたことをやってもらう。
当然、スムーズにいかない。
私はもどかしく感じてイライラしてしまう。
それもだんだんと割り切り、やっと少し落ち着いてきた。
パパには掃除や雑務、長女にはキッチン周りを任せ始めた。
たまたまネット広告で目にしたOisixの初回キットを頼んでみたらミールキットが入っていて、レシピもついてるしやらせてみたら、とても楽しそうに夕飯を作ってくれた。
いつもは渋々やっていたお皿洗いまで、乗り気でやってくれる。
(ただし次女とお風呂に入るのだけは断固拒否w)
そして次女。次女には自分のことを自分で出来るように。
ついイライラしてつっけんどんな物言いになった時は、謝る。
ごめんね。ありがとう。
家族で一気に数年分の成長を遂げている。
引っ越してきて。
賃貸マンションから一軒家へグレードアップして。
もう私1人では手に負えないな。どうしよう。
とは思っていた。
しかし出来る範囲でやるしかないと思ってた。
そしたらあれよあれよと体調が崩れる。
先月は、ほぼ寝て過ごした日も何日もあった。
昼間寝ても、夜もいくらでも寝れちゃう。
逆に手の痒みで全然眠れない日もあった。
この手湿疹と体調不良は、
私の在り方をまるっと変えようとしてる。
すんごいしんどい。
心が悲鳴をあげそうになる。
昔の私は似たような状況で心を病んだ。
『私がやらなきゃ。ちゃんとやらなきゃ。』
自分の能力以上にやろうとする。
そう。
私にはそんなに大それた能力はないのだ。
そして私がやらなかったら誰かがやるのだ。
鬱を患った時、私が抜けた後もあっさり会社のその仕事は他の人へ引き継がれて唖然とした。
なんでそこまでやってしまうのか。
昨日ようやく分かった。
長女に今、料理を明け渡し始めた。
もちろんまだ手も口も出さなきゃ完成しないんだけど、昨日はほぼ彼女がやった。
とても満足そうだった。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20191003/18/yurukura-tete/1f/6b/j/o0810108014605834380.jpg?caw=800)
その様子を見て思い出した。
私は小さい頃から料理が出来た。
5年生の時、台風で家に帰ってこれなくなったお母さん。
私は冷蔵庫の中身を見て献立を考え、夕飯を完成させることが普通に出来た。
そんなことは実はこないだまで忘れていた。
母に言われてそんな頃からだったか…と思い出すと同時に、ちょっと心にもやるものを感じた。
それが昨日、満足そうな長女を見て繋がった。
『ご飯を作れる』ことは、私にとって自信を持てることだった。
つまり、
自分の価値そのものだと無意識に思っていた!!
気づいてビックリした。
つまりご飯を作れない自分は価値がないと無意識に思っていたということで。
昔で言えば、バリバリ働いていない自分には価値がないと思っていたんだ。
だからご飯はなるべく母である私が作ろう。
ってなっていたんだ
無意識に
こわっ!!
他人に作ってもらうと美味しいよね〜❤️❤️
ってよく話すのに!!!
私の無意識はそれを願ってなかった!!
気づいたからにはこっちのもので。
はい、その観念いらない。ポイポーイ
もう、楽しそうに料理する長女をどんどん育んでいこうと決めました
#何も出来なくても私は価値がある存在
ただそこにいるだけで。
そう心から思える方向にやっと舵を切ったよう。
そんなわけで、11月と12月に出店を検討していたイベントにも出られなそう。
この秋は心身ともに整える時間。
自分ファーストを心がけよう。