咳をしても一人
東京帝国大学法学部を出て
現在の朝日生命保険に就職し
大阪支店次長まで務めた事もある
超エリートだったけれど
飲むと暴れる酒乱で性格にも難があり
あちこちでトラブルを起こす厄介者
妻も愛想を尽かして逃げて行き
やる気のない勤務態度が続いて
会社も退職しなければならなくなり
寺で下働きをする住み込みをしながら
あちこちを転々として句を詠み
最期は小豆島の庵寺で
島の人達からも嫌われながら
食べ物もない極貧の中でたったひとり
41歳で孤独に病で死んだ
自由律俳句の俳人
尾崎放哉の晩年の一句です
『咳をしても一人』
肺の病に侵され苦しくても
側に寄り添って手を握ってくれるひとも
愛してくれるひともおらず
たったひとりで死ぬ
自由な良い人生だと思う
我慢もせず好きなように
俳句だけ詠んで生きたのだから
尾崎放哉は間違いなく大満足をして
死んでいったのだろうと思う
もし死ぬ間際に孤独を後悔し
『こんな人生は望んでいない』なんて
思っていたとしたらそれは
アホの極みやろう。。。
帝都大学法学部まで出てる秀才が
そんなアホな間違いをするはずはないので
仕事も家族も背負わず身軽に生き
したいことだけをして死んだ
尾崎放哉はきっと幸せです
最近わたしの周りには
40代50代の独身が多い
以前は結婚して子供もいたけれど
離婚して養育費もひと通り終わった
2度目の独身のチームと
ずっと独身のチーム
みんな自由を謳歌していて
『他人と一緒に住むなんてあり得ない』
『結婚とか絶対ないわー』と
遊びの恋愛を楽しんでいて
華やかだし自由そうだし
時間もお金も思考も全て
自分のためだけに使える環境が
本当に楽しそうです
かと思えば
ゆるりの周りには
これまためっちゃ多い
60代70代の独身の方々
自由気ままな独身生活を謳歌して来て
老後資金もそれなりにはある
しかしこの年頃になると
健康にあちこち不安が出始めて
急に寂しく心細くなって来るのか
示し合わせたようにみんな突然
結婚しようかなと言い始める
健康で自由を謳歌していて
そこそこのお金があれば
恋人もそれなりにできていた
40代や50代の時には
恋人から結婚したいと言われても
『結婚は考えられない』とのらりくらり
約束や責任から逃れたひと達も
60代70代と年を取ると
身体も弱って来て持病もあり
親は死んで家族もなく心細くなって
何かあった時にひとりだと心配なので
誰かに側にいて欲しなと思い始め
結婚相手を探し始める
しかし自分を介護して
看取って欲しいとなると
自分よりもかなり若くて
健康で丈夫なひとが求められる
そして
寝たきりでもボケても愛してくれて
喜んでお世話をしてくれる
都合の良い理想のひとを
にわかに募集し始めるも
ゆるりの知る限り
よほどのお金持ち以外は
若い相手との結婚は叶わず
ほとんどの方は
結婚の話もなく独身のまま
しばらくしてお仕事も徐々に引退されて
公の場で姿を見なくなります
想像したら分かるけど
分かりきった結末
介護のためだけに
そこそこのお金しかない老人と
結婚してくれる若者が
いるはずがない
自由はステキ
でも何事にも
とても魅力的な側面と
その魅力と引き換えにする
代償のようなものは必ずあって
それぞれの側面をちゃんと理解して
自身の人生に後悔のないように
判断をすれば良いし
その上での生涯独身は
孤高でとてもカッコ良いし
好きに生きたらいいと思う
でもパートナーとは
30代40代50代の
お互いにまだ元気で若いうちから
逃げず諦めず苦楽を共に生きて
支え合って2人で築いて来た
信頼の実績があるからこそ
どちらかが先に倒れた時に
家族として自分の身を削ってでも
最期まで面倒を見られるのであって
若い時は自由にしたいし面倒はイヤだし
責任も約束もイヤだからと逃げて
楽しいだけの付き合いを望み
相手にも押し付けておいて
自分が歳をとって弱ったら
それまで遊びだった恋人に
自分の老後を見てもらおうなんて
それではあまりにも。。。
ひととして浅ましい
自分にだけ都合の良い関係
なんて身勝手なものは
友人関係でも仕事関係でも
愛で誤魔化す恋人関係においてすら
長くは続かない気がします
たくさんの愛する人に囲まれて
愛され賑やかに年老いて
惜しまれながら亡くなる方々は
間違いなく
それに値する大きな責任を背負い
最後まで投げ出さずにしっかりと全うし
苦労を苦労ともせずひとを愛し尽くし
大切なひと達を傷付け危険に晒すような
自分自身の欲求や欲望は
強い理性と意志を持って
深いところまで押さえ込み
自由ではないことも受け入れ
コツコツと周囲との信頼を築き
自分以外のひとのことも大切にして
利他的に生きて来たからこそ得られた
愛のある人生だと確信します
それはきっととても大変で
生半可ではない事です
イヤなことはしたくない
自分の都合をなにより優先させたい
自分の好きなひととだけ付き合いたいし
それも面倒になると切りたくなる
やりたいことを我慢したくないし
赤の他人に心を砕き尽くすなんて
コスパ悪いしもってのほかと
自分自身のためだけに
自分の人生を使っているなら
咳をしても一人
その覚悟はもちろん
しているのだろうと思いたい
先日の飲み会で
まだわたしよりもずいぶんと若い
独身の友人がしみじみと。。。
『学生の頃に教科書に載ってた
咳をしても一人って言う俳句?
あれ当時は何も思わなかったけど
年末年始に家にひとりでいた時に
久々になった喘息に苦しんでる最中に
なんとなく思い出してしまって
あー。。。わたし
このままひとりで暮らしてたら
こんな感じでひとりで死ぬんかぁぁって
なんか頭をよぎったら
喘息以上に胸が苦しくなって。。。
人生考え直したよー』
そう言っていたので
ふと思い出した俳人
尾崎放哉の生涯の話でした
以前ブログにも書きましたが
同じ孤独を詠んだ自由律俳句では
『歩きつづける彼岸花咲きつづける』と
生きることに苦しみながらも孤独の中に
圧倒的な美の情景が見えるような
種田山頭火が好きです