こんばんは

ゆりしです

 

今日は私がどういう経緯で自分は境界性人格障害なのだと気がついたかをお話ししようと思います。

 

 

境界性人格障害の症状が出始めたのは遡ること16年前。

私が大学一回生、18歳の時でした。

 

当時私には同い年の彼氏がいました。

 

高校の時にも彼氏はいたけれど、実家を離れて始めてちゃんとお付き合いしたのがその彼氏でした。

実家が田舎で両親が厳しく、高校生でも門限は18時、友達と出かけるのにも良い顔はされませんでした。

 

そんな状況から大学進学で1人暮らしを始め、彼氏とも好きなだけ一緒にいられたのがとても嬉しかったのを覚えています。 

 

 

しかしそれが始まりでした。

 

 

生活が彼氏中心になり、連絡が来ないと異常に不安になる。

 

レポートがあるから今日は会えないと言われただけでもう自分は必要じゃなくなったんだ、他に会う女の子が出来たんだ…と悪い想像をする(妄想)

 

何にも言われていないのに、もう私のことが嫌なら嫌と言ったら良いのに!とキレる(勝手に)

 

彼氏が地下にいて少しの間連絡がつかないだけで何度も何度も電話をかけまくる(迷惑)

 

勝手に想像して泣いたり怒ったりもう別れる!←引き止めて欲しいだけ  と彼氏を振り回す(迷惑)

 

などなどなど

 

 

今思い出しても迷惑な人間過ぎて嫌になります…

 

彼氏はとても優しかったので最初はなだめてくれていたのですが何度も同じ事を繰り返すのである日とうとう

 

「お前はおかしいから病院に行け」

 

と言われました。

 

 

そこで病院に行っていたらこんなにこじれることはなかったのかもしれません。

 

しかし私が病院に行くのはそこから7年ほど経った25歳の時でした。

 

何も成長しておらずその当時の彼氏にも同じようなことを繰り返しており、

 

どうして自分はこんなに不安になったり大声を出したり死にたくなったりするのだろうとふと『ヒステリー』で検索したのが始めて境界性人格障害という言葉を知ったきっかけでした。

 

 

境界性人格障害について書いているページを読めば読むほど

 

 

これは!!

私のこと!!!!

 

そうそう!

こうなる!!!

全部あてはまる!!!!!

 

 

と書いてあることが全て当てはまっていてものすごく驚いたのを覚えています。

 

と同時に病名がついたことでああ私は人格障害なのか、と落ち込んだのも覚えています。

 

 

そこからこれは病院に行かなければと初めて精神科の門を叩いたのですがなぜかそこでの診断は

 

 

 

境界性人格障害ではありません

 

 

というものでした。

 

 

 

は?

 

 

こんなに見捨てられないために死ぬだのどうこう言って暴れてるのに? 

こんなに二極思考で人との関係性がぶんぶんに揺れ動いているのに

こんなに自分には価値がなくて生きてる意味がわからなくて空虚感があるのに?

 

 

 

ザ 境界性人格障害でーーーーす

 

 

 

とお手本みたいな症状なのに

 

しかしお医者さんが違うというなら違うのか、、とぶつくさ言いながら帰ったのを覚えています。

 

 

そんなこんなでさらに月日は流れ、彼氏ができては症状が悪くなり別れては良くなりを繰り返して今に至ります。

去年乳がんがわかりその治療を始めてからかなり悪化。

 

もっと早く病名を知り適切な治療を受けられていたら傷つける人が少なくて済んだのかなと思うと苦しくなります。

 

 

なかなか治療が難しいと言われている境界性人格障害ですが、これからの人生を他人に迷惑をかけずきちんと自立して生きていくためにも乳がんの治療が落ち着いた今がチャンスだと思うので、しっかり治療していきたいと思います。

 

 

とても長くなってしまった…

 

読んでくれた人ありがとうございます!