2010年8月
貴章がドイツに移籍後
私は途方にくれていた
2011年1月
菊地が新潟に移籍してきた
嬉しかった
あの菊地と
また闘えるんだと
少なくとも
私は大歓迎だった
新潟で菊地はもちろん
主力だった
ただ
クラハでは
声かけずらかった
2012年1月
大井が移籍してきた
移籍そうそうに
ケンタロウが私に言った
84年組長が揃いましたね
のこたえが
貴章も合流しますよ
だった
この時
ケンタロウは
私はを知らなかったんだろう
2月
貴章が合流した
ワクワクが
とまらなかった私だった
そして
奇跡の残留をしたアルビ
あの最終戦の選手達の顔を
忘れることは出来ない
それもこれも
ヤンツーのおかげなんだろう
ただ
ヤンツーに監督が交代してから
貴章の出場時間は激減した
そして菊地はベンチを
温めることが多くなった
しかし
菊地の新潟との
契約更新は
一番早かった
菊地の心意気を感じていた
貴章の移籍が浮上
貴章は貴章の道を行け
そう伝えた
貴章は名古屋に移籍
2013年
いち早く
契約更新した菊地は
ベンチからも
姿を消すことが少なくなかった
ブルーノ移籍
なんで今なんだ
そう思った
なんでなんで
そして
菊地が決断したんだ
移籍発表の1週間前
クラハで菊に会った私だった
菊は菊の道を行け
と
鳥栖に移籍して
菊はすぐにスタメンだった
鳥栖名古屋は
楽しみだった
鳥栖のユニきた菊地
貴章と戦うんだ
鳥栖の菊地
名古屋の貴章
スタメンの菊地と
ベンチの貴章
菊地のダンマク
貴章のダンマク
アップ開始
貴章そこ階段じゃないよ
乗り越えた
戦況がきになる
貴章が呼ばれた
貴章と菊地
新潟を遠く離れて
ここで闘う二人
貴章
俺の守備はどうだった?
菊
俺の攻めはどうだった?
同じピッチで闘えて
しあわせだよ
俺もだ
次は俺が勝つ
それは
俺がのセリフだ
またな
ああ、またな