11月になった。
この時期は日も短くなり気温も下がり、ただでさえ身も心も寒くなるのだが、辛い記憶が蘇ってしまい、これから年末年始にかけての時期は毎年辛くなる。
ハロウィンも私には全く関係なかったし、日本シリーズもワールドシリーズもカープとカブスのファンである私にとっては興味なかった。
世間の人々にとっては色々楽しいイベントが目白押しなのかもしれないが、私には楽しいことなど何もない。
干されている職場は辞める決意をし、年明けに辞意を伝えるつもりだが、辞めると決めたらスッキリするかと思ったのになんかモヤモヤしている。
職場を辞めたら辞めたで、私はやっぱり必要とされていない人間だったんだと惨めになりそうな気がする。
仕事以外でもやりたいことがあったが、なかなかうまくいかず、挫折しそうになっていて、ますます自信を失いつつある。
私がこうしたい、こうなって欲しいと思うこととは全て逆の結果になり、誰からも雑に扱われ、この世に居場所がないように感じる。
被害妄想が強いだけなんだと思う。
だけど、特にこの季節は、何年経っても、6年前の今頃を思い出して、私だけが不幸だと感じてしまう。
6年前の今頃は、夫の病状が急激に悪化し、私もだんだん精神的に追い詰められていった。
街はだんだんクリスマスのイルミネーションが灯りはじめ、チープなクリスマスミュージックがあちこちで流れるこの季節。
私以外の世間の人間はみな忙しくも充実した人生を送ってて楽しげで、それに比べてどんどん辛い状況になっていった夫と私は、世界中の不幸を背負わされた気持ちになり、神様から見放されたように感じていた。
夫をうしなってもうすぐ6年になるが、死別との向き合い方は変化しているのは感じる。
夫をうしなった直後は、夫のことばかり考えていて、何をやるにも夫の写真に話しかけていた。
淋しくてテレビをつけっぱなしにしていたが、ドラマや音楽番組は夫との思い出が蘇ってしまい辛くなるので、通販番組しか観られなかった。
近所の商店街に買い物に行って、仲良さそうな夫婦を見ると、胸が苦しくなった。
一方で、何でもいいから生きがいを見つけようと、仕事とか色々なことをやりたいという意欲が湧いて、逆にハイになっていた。
あれから6年経ち、今でも夫の写真は常にそばに置いているけれど、自分自身のことを考える時間も増えてきた。
ドラマを観たり音楽を聴いたりはできるようになり、幸せそうな夫婦を見ても他人事のように何も感じなくなってきた。
そして仕事ややりたいことも悉く上手くいかず、努力しても無駄だと感じ、もう何もしない方がいいと思い始めている。
夫をなくしてすぐの頃は、淋しくて泣いたり、不幸を恨めしく思ったり、こうしたいああしたいと欲が湧いてきたり、色々な感情の起伏があったが、だんだん感情がなくなりつつある。
それは、人間として落ち着いたからではなく、どうせ自分の思い通りにならないと色々なことを諦めてしまったから。
淋しさは消えないが、その形は少しづつ変わっていき、落ち着いてきたかと思っていた。
でも、やっぱり、これからの季節は、何年経っても心が掻き乱される。
今年もクリスマスムード満載の街で皆が充実して幸せそうな中、私は夫との辛い時期を思い出し、心の痛みに耐えながら過ごさなければならないのだろうか。
この罰ゲームはあと何年続くのだろう?