昨日は台風が接近し朝から大雨だったが、歯医者の予約を入れてしまったため、どしゃぶりの中、レインコートと長靴で出かけた。



歯医者には私以外の来院者はいなかった。



その歯医者には、かれこれ20年近く通っている。



私が30過ぎの頃、仕事中に突然奥歯が欠けてしまい、当時の職場から近かったその歯医者をネットで見つけた。



当時の私は、欠けてしまった奥歯以外の歯もボロボロで歯並びも悪い上、左右上下に親知らずもあったため、思い切って一気に治すことにした。



悪くなった歯を削って人工の歯を被せたのだが、なかなかの金額がかかった。



お金かけすぎかな?と思ったけど、その時は夫と共働きで私もフルタイムで働いていたし、将来の自分への投資と思えば高くはないかなと思っていた。



その後、定期的に歯のクリーニングでその歯医者に通っている。



その歯医者の院長先生はかなりのご高齢だが、まだ現役で、いまだに私のことを「お嬢ちゃん」と言う(初診の時に私は30歳過ぎてたから、すでにお嬢ちゃんと呼ばれるほど若くはなかったのだが、、、)。



そして必ず、今どこに勤めているかとか、私の近況を聞いてくる。



その歯医者は保険適用外の治療がメインなので、有名企業の役員とかお金持ちのお客様が多いようだ。



そんな客に比べたら私は上客ではなかったけど、そこそこ知られた会社に勤めていたので、行くたびに院長先生から「今はどの部門でどんな仕事してるの?」と聞かれた。



でも数年前、院長先生から今どこで仕事してるの?と聞かれ、

「夫が亡くなりました。私も長年勤めた会社を辞めました。今はパートで働いています。」

と答えた。



その時は院長先生は「それはお気の毒に」とだけ言って会話は終わった。



でも、今日通院したら、いつも通り院長先生から色々聞かれたので、



「夫がいなくなって人生観が変わりました。将来の不安はあるけど、思い切って長年勤めた会社を辞めました。私と同じ経験をされた方々のために何かお力になれることがしたいと思っています。」



と答えた。



すると院長先生は、ご自身の経験を話し出した。



今でこそインプラントとか歯の治療にお金をかけるのは珍しくなくなっているが、その院長先生が開業した何十年も前は、一般庶民は日々生活していくためのお金を稼ぐだけでいっぱいいっぱいで、歯医者にお金をかけることは一般的ではなかったと思う。



でも院長先生は、お金がかかっても綺麗な歯をお客様に提供したい、そのお金を払うのが嫌なお客は断るという信念を貫くことを決め、お客様がゼロになって廃業も覚悟したという。



そのため、最初は客がどんどん減ってしまったが、院長先生の信念に共鳴したお客様が知り合いを紹介したりして、次第に固定客が増えていったのだそう。



院長先生は、私が同じ経験をされた方々のために何かしたいと思って会社を辞めたことを、ご自身の経験と重ね合わせたのかもしれない。

(私の場合、辞めたものの何にもしてないんだけど)。



その後、歯のクリーニングをしてもらい、歯の状態を診てもらったが、だんだん歯茎が衰えていて、このままだと歯が抜けてしまうとのことだった。



私は、「夫がいなくなって、今の私の唯一の楽しみは食べることなのです。いつまでも食べたいものを食べたいので、お金がかかっても、治療できるなら治療したいです。」と言った。



でも、院長先生は、いつになく遠慮がちに言った。



「お嬢ちゃんは長年勤めた会社も辞めて、経済的なこともあるだろうから、安易に治療を薦められないけど、もし治療したいならまた相談しましょう。」



私はそこでわかった。



この歯医者は、治療方針に賛同して自由診療でも構わないからとお金を払ってくれるお客様だけを受け入れている。逆に言えば、お金を払う気がない人や払えない人は受け入れない。



そして私は、今は経済的にお金を払えるのだろうか?と思われている。



だから、治療を薦めて、私が払えませんと言ったらかわいそうだと思って、あえて強く治療を薦めなかったのかな。



私は、その心遣いを素直にありがたく思った。



そして、お金かかってもいいから治療したいと言ってしまったのは、あまりにも身分不相応だったのかなと思った。



とりあえずしばらく経過観察することになり、お金をかけて治療するかどうかは次の診察の時に相談することになった。



帰りの電車の中で、私は悶々としていた。



今の私には、歯の治療に大金を払うのは、身分不相応なのだろうな。



でも、歯が悪くなって食べたいものが食べられなくなってしまったら、私の唯一の楽しみがなくなってしまい、いよいよ何のために生きているのだろうか?と思ってしまいそうだ。



そう、今の私の唯一のなぐさみは、食べたいものを食べることなのだ。



治療費を惜しんで歯の状態が悪化して、食べたいものが食べられなくなったら、どうなんだろう?



そうなったらそうなったで、食費もかからなくなって、無駄遣いもなくなり、老後の資金も余裕ができるのかもしれない。



けど、唯一の楽しみの食べることすらできなくなるほどお金を節約してまで、私は生きている意味があるのだろうか?



それよりは、お金をかけて歯を治療して、少しでも長く食べたいものを食べられる方が生きがいがあるのではないか?



だからと言って、生きがいのために際限なくお金を使ってもいいのだろうか?



私にとって、どこまでが必要経費で、どこまでが贅沢なのだろうか?



そんなことを考えているうち、電車は最寄駅に着いた。



せめてしばらくは外食を控えて質素に暮らそうと、駅の近くのスーパーに立ち寄ったら、思わぬものに出くわしてしまった。



そして、衝動的に買ってしまった。



また身分不相応な買い物をしてしまった。



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昨日はカニ大会でした🦀


「秋味」とともに。