夫は酒が好きで毎日晩酌していた。
飲むものと飲む順番は決まっていて、酎ハイ→日本酒→ハイボールだった。
特に日本酒が好きで、家では同じ銘柄の日本酒を飲んでいた。
夫はその日本酒を近所の酒屋で一升瓶で買っていた。
なので、その酒屋の店主と顔馴染みになり、買うたびに雑談などもしていたようだ。
ある時、その日本酒がメディアに取り上げられ、店主に「お兄さん、目利きだね!毎回同じ日本酒買ってブレないね!」と誉められたと、夫が嬉しそうに話していた。
かたや私は、その酒屋でたまに買うこともあったが、店主はつっけんどんな印象だった。
その酒屋はメディアでも取り上げられたこともあり地元では有名なのだが、常連さんとは仲良さそうに話してるけど、それ以外の客に対しては何となく排他的な印象があった。
夫がいなくなってからも、私が晩酌する時は、夫の好きだったその日本酒を夫が愛用していたグラスに入れて乾杯している。
なので、定期的にその日本酒を買わなければならないのだが、その酒屋で買うのが何となく躊躇われた。
一時期はわざわざデパ地下まで買いに行ったりもしていたのだが、デパ地下でも扱わなくなってしまい、その酒屋で買わざるを得なくなってしまった。
今までは夫が定期的に買っていた日本酒を、夫が来なくなった代わりに謎のBBAが定期的に買いに来るけど、このBBAは何者なんだ?と思われたら嫌だなと思っていた。
でも私は、夫と違ってその酒屋に雑な対応しかされたことないので、今はむしろその方がありがたい。
今日もその日本酒を買いに、その酒屋に行った。
いつものように、店主は常連とおぼしき客には愛想よく対応していたが、私にはつっけんどんな対応だった。
でも私も変に絡まれても嫌だし、淡々とお金を払って帰ろうとした。
ところが、私が会計を済ませて日本酒をマイバックに入れようとしていた時、その店主が言った。
「お客さん、このようなお酒を選ぶなんて、なかなかツウですね」
私は戸惑ってしまった。
何て返答したらいいんだろう?
(このお酒が好きなのは私じゃなくて夫なのよ!)
(しかも、その夫は、もうこの世にはいないのよ!)
というセリフが頭の中をよぎった。
けど、私は言った。
「夫が好きなもので」
気のせいか、店主は少し怪訝そうな表情に見えた。
私はそそくさと店を出た。
店を出た後、色々想像した。
あの店主は、夫と私を結びつけただろうか?
かつて頻繁に同じ日本酒を買っていた夫が来なくなり、代わりに謎のBBAが同じ日本酒を買いに来るようになったのは、何の繋がりがあるのだろうか?
関係があるとしたら、今まで夫自ら買いに来てたのに、何で今は奥さんらしき人が聞いに来てるのか?
もしかしたら、夫が忙しすぎて買いに来られないとか、どこかに赴任してるとか思ってるかもしれない。
でも、どうでもいい。
夫の好きだった日本酒を仕入れてくれてありがとう。
その店がその日本酒を仕入れてくれる限り、私は買い求めるよ。