約2年前、ずっと闘病を続けていた夫が緊急入院し、主治医から覚悟してくださいと言われた時、私はそれまで法事の時しかお会いしたことのなかったお坊さんに電話した。
夫が膵臓癌のステージⅣと宣告されても、抗がん剤が効いて手術できることや遺伝子検査で新たな治療が受けられることに一縷の望みを持っていた。
しかし結局叶わず、急激に病状が悪化し始めた頃から、早かれ遅かれ覚悟しなければならないことはわかっていた。
でも、それまでハッキリとは余命について言わなかった主治医から、いつどうなってもおかしくない状態なので覚悟してくださいと初めて言われた時、私は頭が真っ白になった。
とりあえず義弟に連絡したものの、あとは何をすればいいのかわからなかった。
混乱している頭で、ふと、あのお坊さんを思い出した。
私はお坊さんに電話した。
そして、夫の生前戒名を授けていただけないか?とお願いした。
夫が安らかに旅立てるよう、そのお坊さんに戒名を授けていただき、お経を唱えていただきたいと思った。
でも、それより、私自身がそのお坊さんにすがりたかった。
誰にも言えない、崩れてしまいそうな自分の気持ちを聞いて欲しかった。
お坊さんは、今まで私とはそんなに話したことがなかったし、いきなり夫の病状を告げられ戒名をと言われ、戸惑っていた。
でも、私のことを気遣ってくれて、直接お会いしてお話ししましょうと言ってくれて、私はお坊さんの家を訪ねた。
私はそこで、泣きながら事情を話した。
お坊さんは、私のことをいたわるように言葉をかけてくださった。
自分一人では抱えきれない辛い思いを、寄り添って聞いてもらっただけで、幾分か救われた。
私は、夫が緊急入院してからの辛い思いを、誰にも言えず一人で抱えていた。
緩和ケアの看護師さんの前では泣いてしまったこともあったが、夫のいる病室では平然を装い、義弟がお見舞いに来た時も普通に振る舞っていた。
私の実の親には、夫の病状のことを言ったら泣きながら病院に押しかけてくるのが想像できたので言わなかった。
精神的に追い詰められていた。
親族でない誰かにすがりたかった。
お坊さんに直接お会いして、その慈悲深い佇まいを見ただけで、張り詰めていたものが緩んで、心が少し穏やかになった。
それまで、お坊さんと接触するのは、法事の時だけだと思っていた。
それ以外でお坊さんを頼るなんて、考えたこともなかった。
でも、あの時初めて、生きている私自身がお坊さんに救いを求めた。
その後、私は一人で夫の法事を取り仕切ったが、そのたびにお坊さんとお話しして救われてきた。
良いお坊さんとご縁ができて本当に良かったと思った。