spoonアプリのtalkにて投稿していた、長編もの《染師》の台本置き場です(現時点で未完)。talk機能が10月4日でなくなるため、こちらに置かせていただきます。

台詞のみとなります。とても長いので、spoonにて投稿してきた今までの分は20~30話ずつ分けて掲載します。
今回は61~90話。
61
「ああ、すみません、口が過ぎました。ただ…自分が何なのかを知りたいと思うこと、そしてどんな気持ちであれ、思い出として留めて過ごしていくことは、そんなに悪いことなのでしょうか…
…では、謝礼はまた後日に。…遅くにわざわざありがとうございました。お気をつけて」

62
「…これが、何度頼んでも作ってはくれなかった、追憶の香りの香水…
彼(彼女)もあの時使えば、あんな想いを抱えずに済んでるだろうに。
…真面目なこと(だ)。
 …これさえ使えば、私(僕・俺)も…ああいけない、今は依頼が最優先だ。
 …本当に、私(俺・僕)は何故、ここにいるのだろう…」

63
「おはようございます、気分はいかがですか?…それならよかった。早速ですが、依頼についてお話があります。朝食を摂りながら説明しましょう。
…昨晩、友人の香師にお願いして、これを作ってもらいました。…“追憶の香り”です。これを使えば、記憶に残るものが見つかるはずです」

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「この香りは、例え自分の名前もわからないような記憶喪失の方でも、一吹きでほとんどの記憶を思い出すほどの効力があります。念のため多めに作ってくれたようですが…貴方の曖昧な記憶なら、確実でしょう。…作れてしまうんですよ、香師になら。これとは対になる、“忘却の香り”も作れてしまうくらいですから」

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「過去にその香水のせいで苦い思い出も…ああ、まあ、それは置いておいて。朝食が済み次第、早速“追憶の香り”を使ってみましょう。…少し、朝食の味が薄れてきていませんか?…ああ、やはり…貴方が徐々にこちらに馴染んできてしまっている証拠です。…今日中に、依頼を完成させましょう」

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「では、こちらをどうぞ。…何でできているのか、ですか?ええ確か…ムラサキハシドイ…一般的にはライラックと呼ばれる花の桃色の種類と、朝霧草の露が主成分だったかと…
特にライラックは香料としてはなかなか生産できない、希少価値の高いものなんです。ですから“追憶の香り”の香水は、かなり貴重なものなんです」

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「ですから扱いには気をつけてくださいね。もし香水瓶を落としでもしたら大損失です。…では、早速一吹きどうぞ。…大丈夫ですよ、ただ記憶を取り戻すだけです。貴方が失うものはありません。ただ守ってほしいのは、使うのは一吹きだということ。あとは予備ですから。…さあ、いつでもどうぞ」

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「…どうされました?…え?これを使っても、何も害はないのかと?…まさか、あったとしたら、そんな軽々しく貴方にお渡ししませんよ。…大丈夫、彼(彼女)の腕は確かです。効果は保証しますよ。…副作用?…どうしてそれを……ああ、聞いていらっしゃったんですか」

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「どこまで聞きました?…“生きている人が珍しい”、“副作用がある”…ああ、あのあたりですか。…たまたま目が覚めてしまい、話し声が聞こえて見に行ったら、私(僕・俺)の話し相手と目が合って、慌てて部屋に戻ったと。なるほど、だから一部しか聞いてないわけですね。…いえいえ、謝ることはありません」

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「わざとではないのでしょう?それに貴方の気配に気づかなかった私(僕・俺)も迂闊でした。…その通りですよ、この香水には副作用があります。ただ、身体に害が及ぶわけでもなく、今すぐに何かが変化するというものでもありません。もっといえば、結果的に貴方が困ることは一切ないんです」

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「この香水の副作用は、一部の思い出と、それに纏わる感情を忘れてしまうことなんです。どんな思い出や感情を忘れるのか、それは人それぞれです。ですが、生きていく上では困らないものだと聞いています。つまりは一般的な喜びや悲しみ、共感などという感情は失われないんです」

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「しかも、その一部の記憶や感情はすぐに忘れるわけではないんです。…ゆっくりと、時間をかけて、少しずつ忘れていくんです。だから、自分の中から何が消えるのか、自分で把握できるんです。まあ私(僕・俺)も使ったことはありませんから、詳しいことはわかりませんが…」

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「…残酷?…そうかもしれませんね。知っている記憶が、徐々に消えていくんですから。…ですが、今の貴方はここ数年の記憶がない。それらを、この香水で取り戻せるんですよ?その代償が、一部の記憶と感情で済むんです。…何も持たない私(僕・俺)からしたら、喉から手が出るほど欲しい代物です」

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「ああ…失礼しました。私情を持ち込むのは良くないですね。
…判断は貴方に任せます。…個人的には、役目を全うしたいのもありますが…それ以上に、貴方をこちらの世界に引きずり込むのは気が引けますので。
…よく考えて。一部の記憶と感情、そして命。…どちらが大切ですか?」

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「答えは出ましたか?…そうですか。懸命な判断です。
…では、改めて。貴方の準備ができたらどうぞ。もう一度言いますが、使えるのは一吹きですよ。貴重なものですから。
…大丈夫。忘れる記憶や感情は、なくなっても支障がないものです。…さあ、覚悟を決めて」

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「…無事、一吹きできましたね。何か思い…どうされました?顔色が…えっ、ちょ、なんで泣いて…ああ落ち着いて!急に取り乱してどうしたんです!?ちょ、暴れないでください!危ないですから!ほんとに落ち着……っ!!…ああ、瓶が割れて…!なんてことを…」

77
「……ああ…そんな…こんな、ことって…
 …あ、ああ、ごめんなさい、取り乱しましたね。貴方も少し落ち着きましたか?
…いいえ、怒ってはいませんよ。割れてしまいましたが、わざとではないでしょう?
…それにしても、ライラックの香りが少しきついですね」

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「本当ずいぶんと…香りが充満していますね…私(僕・俺)ですか?……いえ、残念ながら何も。この香水、意識して使った方にしか、効果がないのかもしれませんね。…それで、貴方は思い出せましたか?…そうですか。ゆっくりで構いません。お話を聞かせてください」

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「……お話しくださってありがとうございます。辛いお気持ちにさせてしまいましたね。
…貴方の話を整理させていただいても?
…貴方には高校時代の同級生である、長い付き合いの友人がいた。お互い一緒にいると気が楽で、互いの夢も応援しあえる…親友だった」

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「高校卒業後、別々の進路へ進んだ。貴方は大学へ進み、卒業後は雑誌の編集者に、ご友人は専門学校を卒業後、染物職人として母方の実家の染物屋に就職した。全く違う職種な上、距離も離れていたためほとんど会えなかったが、それでも連絡は取り合っていた。
そして2年前、偶然にも貴方たちは再会した」

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「貴方が取材同行で訪れた京都の有名な染物屋こそ、ご友人の勤め先だったから。再会を喜びながら、取材は順調に進んだ。
ご友人の祖父で老舗の染物屋の主人と、若き職人であるご友人の密着取材。しかも手間がかかるが美しく仕上がる、手捺染(てなっせん)の染め方を見せてもらえることになった」

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「そしてその長めの取材期間中、ある一人の人物が店を訪ねてきた。それが、その地域で知らぬ者はいない名士の家のご息女(ご令息)だった。かなり店に通いつめている様子だったが、その方は悪い意味でも有名だった。老若男女問わず、気に入った人物にとことん執着し、どれほど迷惑をかけても気にしないような性格だった」

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「そんな人に不幸にも執着されたのは、貴方の親友だった。
 大好きなんだと毎日のように店に押し掛けられ、仕事中でもお構い無しにしつこくアピールされていた。さらにはご友人が仕事のお客様と雑談でもすれば、相手に嫌みを言ったり時には罵倒すらするほどの、精神的に幼稚な人だった」

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「それでも追い出せなかったのは、彼女(彼)の家の権力を恐れたせいだった。
 ご主人が出禁を言い渡したこともあったが、それに逆上したご令嬢(ご令息)が、父親の権力を使って常連のお客様たちの家や会社に嫌がらせをするようになった。
 お客様たちを巻き込むわけにはいかないと思い、結局出禁を解くしかなかった」

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「そんな状態とは知らず、取材で店にいた貴方にも案の定、ご令嬢(ご令息)は絡んできた。
 当然、ご友人は貴方を庇った。しかも親友を罵倒されたとあって、普段よりもかなり辛辣な態度で注意をした。
 …でも、それが間違いだった。今までの客とは違い、貴方がご友人の特別な存在だと悟ってしまったから」

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「それからご令嬢(ご令息)からの嫌がらせが始まった。
 店に来て貴方がいれば、わざと足をかけたり、その日分の取材を終えて宿泊施設に戻ろうとすれば、待ち伏せされて罵声を浴びせられたりと…集中攻撃された。
 もちろんご友人や一緒に来ていた仕事仲間は庇ってくれた。それもあって、取材のために粘り続けた」

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「そうして、嫌がらせが続く中、ご主人とご友人が手掛けていた作品が仕上がった。手捺染(てなっせん)を習得したばかりだったご友人にとっては、これが初めての手捺染の商品作りだった。
ご友人が作ったのはストール。白地に水色や青、黄緑の水玉が不規則に重なり散りばめられた…淡く色づけされた美しい品だった」

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「商品ということで、ご友人はそれと同じ品を幾つか創り上げた。
 でも、同じ柄と色合いの品の中で1点だけ…ストールの端に花の模様が描かれているものがあった。…花の名前は覚えてないとのことでしたが…もしかして、勿忘草ではありませんでしたか?
…ああ、やはりそうですか」

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「何故花の種類がわかったのか?…お二人の関係を考えて、勘が当たったまでですよ。
 …おや、勿忘草の花言葉をご存知ない?ご友人も説明してくださらなかったんですか。
 …まあ、また落ち着いたら調べてみるといいでしょう。
 …そうして、その勿忘草の模様の描かれたものを、ご友人は貴方に渡した」

90
「高校の頃、染物屋を継ぐ夢を、堅物そうだの古臭いだのと、同級生にからかわれた中、貴方だけが真剣に応援してくれたことを、彼(彼女)はずっと感謝していた。その貴方に何かお礼をしたいと渡した品こそ、そのストールだった。 初めて自分の創り上げた手捺染(てなっせん)の作品を、一番に貴方に届けたかった…」