落ち込んでいる自分と
一緒にいてもいい
その言葉にならないものに
居場所を作ってあげよう
久しぶりに落ち込むことがありました
隣の空き地に流されていた
タールのようなべたべたの
黒い物体の中に、
スズメが動けなくなっているのを
子どもが発見して
何とかそれを取り除いて
助けようとしたのですが、
結果的に、私の手の中で
動かなくなってしまいました。
どちらにせよ、何もしなくても
全く動けないまま
死んでしまったとは思う。
それでも、私が何もしなければ、
怖い想いや苦しい想いはしなくて
すんだのではないか。
手に伝わってきていた鼓動が
感じられなくなって、
動かなくなってしまった姿に、
本当に私がしたことは正しかったのか。
考えても答えなど出ないと
分かっているけど
ずっと頭の中をぐるぐるしていて
先日、インタラクティブ・フォーカシングの
練習会で、流れでその話をすることになり、
自分の後悔とぐるぐるを話していたら、
悲しかったという気持ちと涙が
わーっと出てきて
受け取って返してもらったら、
少し軽くなった感覚がありました
悲しかったんだ、私は。
助けたかったけど助けられなかった。
自分は本当に無力で、何もできずに
最後は見守ることしかできなかった。
昔飼っていた文鳥が、
手の中で死んでしまったことも
思い出しました。
でも、最期を看取ることはできた。
いろんな出てくるもの、
言葉にならないものに
居場所を作ってあげていいんだ。
そう思えました
自分が思っている以上にショックを
受けていたことに気づいたのは、
話を聴いてもらえたから
そして、頭で考える正しさは
一度横に置いて、
今感じることをそのまま
「そう感じるんだね」
ってそこに居場所を作ってあげることが
心を少し軽くしてくれるはずです
1⃣安心できる人に聴いてもらう
(意見は挟まずに)
身体の感覚にも意識を向けながら、
内側から外に出してみることで
自分の気持ちに気づけます。
2⃣正しさをいったん横に置く
本当はこうした方がよかったかも、は
仮定であり、結果論です。
その時のベストを尽くした自分を
いったん認めてみてください。
3⃣感じたこと全てにOKを出す
感じたことに良いも悪いもありません。
「そう感じているんだね」
と居場所を作ってあげましょう。